アゲハが伯爵の大事な人形を壊したので、うちの人形師に修理を頼んだ後の話。
 そちらのお話は相手方が作成されましたので未掲載とさせていただきます。

 設定は「異端神話」「人形遊戯」に基づいたものとなります。




















( 『  綺  麗  事  』 の 海 に 沈 ん だ ま ま 死 ね )


 それは数年前の話。
 首に掛かる程度まで伸ばされた黒髪によく映える蒼い瞳が強く私を睨み上げる。綺麗事の海に沈むのは私じゃない。
 人形作りを教えてもらうために泊まり込んだ屋敷の先客。キュールと呼ばれた少年は今思い出しても変な少年だった。


 少年と呼ぶ年齢ではないと師から教えられていたけれど外見だけでいうなら確実に私より幼い。
 だがそれを凌駕する精神年齢が彼を私よりも年上なのだと知らした。人形達を常に連れ歩き、無音を嫌った異端の子。


「うーむ……」
「どうしたの、伯爵。さっきから変な声をあげてさ」


 私の唸り声を同室にいたクロアゲハが聞き取る。
 手の中にある黒髪人形を差し出しながら答えた。それは先日修理から返って来たばかりの子で、ぱっちりと開いた目に埋められた蒼いガラスの瞳が印象的。同じ黒髪碧眼をもつアゲハに抱かせるとまるで兄弟のように見えた。


「この子、何か違和感があると思いませんか?」
「違和感?」
「何て説明すればいいか分かりませんが、以前の様子と違う気がするのです」


 アゲハは不思議そうにしながら人形を観察する。
 人工皮膚を撫でたり瞼を押し広げながら瞳を見つめてみたり。やがて結論に達したらしく何やら興奮し始めた。


「多分だけど」
「はい、『多分』どうしました?」
「多分髪が違うんだと思う。俺この子壊した時、酷く髪も傷んでたの覚えてる」
「髪、ですか」


 言われてみれば確かに先日よりも傷みが少ない。
 髪を掻き分け、頭皮を探る。綺麗に植毛されている様子を見て改めて師の技術力を知った。サービスなのかそれとも人形師として許せなかったのか。


「なるほど『髪』、ですか」
「何か引っ掛かりがあるような言い方だね」
「たいしたことではありませんよ。昔の感傷です」


 アゲハと人形の頭を片手ずつ撫でる。
 不思議そうに顔を持ち上げてくる双子の人形――――ではなく、一人の少年と黒髪人形。彼らは操り糸のない自立した個体で師の屋敷にいた子供達よりもヒトに近い亜種。
 下手な人間よりも業のない無垢な瞳。ガラス等よりも魅力的なそれに映った虚像を消すようにアゲハの瞼に手を乗せた。


「伯爵?」


 少々怯えた声。
 私はくすっと息で笑った後、彼の髪に唇を寄せた。僅かに開いて黒髪を喰らう。じゃりっと歯と歯に挽かれるように髪が傷ついていく。
 分かっていても噛まずにはいられなかった。


『貴方の髪の毛を頂きたいのですが?』
『構いませんよ。さあ、その鋏でお切りなさい』


 ああ、それはまるで推測だけの希望。
 もしかしたら、の行き先。悪戯を仕掛けてくるのは異端嫌いの悪魔が先か、未熟な人形師が先か。
 私はアゲハの髪に括り付けた赤いリボンタイを指先に絡めて自嘲した。


 それは綺麗事の海に沈んだ人形が感じた他愛ない遊戯。


( 『  彼  』 の も の か も し れ な い な ん て )





…Fin...



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