人形遊戯あなざーENDです。
 9が光ならこっちは影。闇に近付く一歩手前の影です。































( わ た し は 『  あ  な  た  』 を 見 て い る )


「――――、く、伯爵ってば!」
「……?」
「伯爵、またこんなところで転寝して……風邪引くよ?」
「ああ、おはよう御座います」


 ふぁあっと私は欠伸を一つ。
 身体にかけようと持ってきてくれたシーツが窓から入ってきた風に吹かれてはためいた。ソファに長時間同じ姿勢で座っていたため筋肉が凝り固まって痛い。腕を振って軽く解してからその場を立ち上がる。


 背の低い同居人の蒼い瞳が私を見上げる。
 その髪に手を伸ばし、くしゃくしゃと撫でれば「子供扱いしないで」と怒られてしまった。ぎゅっと瞑った瞼が開けば其処には仮面の男――――私の姿が在った。


 瞳の中の偽りの私が、微笑む。
 そんな私に彼が拙い笑みを浮かべる。
 水が凍り、冷えた温度の笑顔を。


―― 屋敷の中に無造作に置かれたアンティークドール達が息づくのを確かにその時感じた。


 見てる。
 見られてる。
 絡んでくる確かな『操り糸』。選び抜かれた『台詞』。屋敷の中で踊り始めた『人形』――――遊戯。


「クロアゲハ」


 私が与えた彼の名を呼べば、相手はぴっと指を私の鼻先に突きつけて答える。
 唇だけが彼らしくない動きをした。


「――――ざーんねんでした」


 暗転。



+++++



 とーんとん。
 ああ、誰かがすぐ傍で踊っている音がする。両手を広げて歌いながら笑いながら泣きながら。
 「柔らかな土の下に確かに埋めたはずだ」とメロディーが流れる。死体を埋める行為は綺麗事の海に沈めるのと良く似ていて、どちらも結局は自己満足でしかない。


 死体を埋めれば視界の端から存在が消えて。
 綺麗事の海に沈めば、現実逃避が出来る。


 とーんとん。
 わたしがおどる。
 とんとん。
 『白の死』と手を取り合って、私はステップを踏み続ける。
 『黒の死』がわたしと彼を見て、『人形師』が私の腕を引っ張り続けた。


 わたしがみてるわたしのおどりとわたしのし。
 すべてが『わたし』のにんぎょうゆうぎ。


「『<悪魔の人形師>には分からなかったのです。<寂しさ>と言うものが。泣き続ける吸血鬼のために彼がしたのは、贈り物でした。沢山沢山、綺麗なものを人形師は集めた。美しい絵画、綺麗な音色で歌う鳥、珍しい置物。けれど壊れ始めたお人形は泣き止むことはなかった……決して、決して』」


 朗読者の唇が一瞬止まる。
 それは絵本の中の人形師の話か、私の始祖の話なのか、それともまた別の世界で生まれた話なのか。
 童話は続く。
 子供達に先を強請られ、若干焦りながらも物語は読まれる。


「『「神よ、どうしてこんな悲しみを私に与えたっ」
 人形師は昼夜問いかけた。
 人形師は眠りについていく吸血鬼に問いかけた。
 「ああ、貴方は私のものなのに、どうして勝手に眠ってしまうのですか」
 問いかけに答える声は無かった。
 けれど弱弱しく呼びかけてくる声はあった。
 「どうして泣く?」
 人形師は力の抜けていく手を掴んで答えた。
 「貴方がいなくなるのが寂しいのです」
 「代わりの人形を作るがいい。他の人形を探すがいい」
 「いいえ、いいえ。私は貴方がいい」
 「同じようにキスをして同じように愛して同じように見つめるがいい」
 「いいえ、いいえ。私は貴方しか要らない。同じように恋をするというならば」
 「ならば待っているがいい。再び目が覚めるその時まで」』」


 両手を暗い空へと伸ばせば限界にたどり着く。
 かしかしっと引っ掻けばそれが板であることが分かった。空気が薄まり、喉が異常な渇きを訴える。左顔がやけに痛んで、皮膚が血塗れになるのも構わず掻き続けた。
 苦しくて。
 痛くて。
 悲しくて。
 どうしようもなくて。
 その時の自分は何故か己の尻尾を飲み込む蛇の姿を思い出していた。


「『「ええ、待ちましょう。貴方が再び目覚めるその日まで」』」


 暗転。



+++++



( 崩 れ 落 ち て い く 『  わ  た  し  』 を )


 硬く踏みしめられたはずの土を掘り返せば、その下から現れたのは黒髪の――――。


―― ジズ、何をやってるんだ。
―― レイズ。見ての通り墓荒らしですよ。
―― ……悪趣味だな。
―― けれど中々出来ないことだと思うのですよ。
―― 確かに、自分の墓荒らしなんて普通は出来ん。
―― 貴方も手伝いませんか? もう埋めるところですが。


 土を被せて硬く踏みしめる。
 ジズは手を差し出し、レイズの手を取った。とんとん、と爪先で二人踊り出す人形の舞台。彼らは自分の墓の上で踊っていた。


 生者は一、死者は二、人形師は三。


 それはある晴れた日の戯言。
 ああ、それはとても綺麗な海に沈むかのような『人形遊戯』。
 綺麗事の海に溺れた伯爵を掬い上げるための糸はまだ絡んでいない。同様に操り糸が掛かった人形は糸を振り払う術を持たない。


 私は師/しを見てた。
 私は死/しを見てた。
 私は私/しを見てた。
 私は屍/しを見てた。


 過去、私は埋められた。
 未来、私は私を埋めた。
 過去と未来が繋がって現在のない小咄。分離し始める矛盾の幽霊。二人分の死が<もう一つの物語>で歩き出すのを私は知っていた。


「私はただ、『シ』が欲しかった」


 埋められた地面の下、もがき苦しんでいるのは誰か、私は知らない。
 戯れに飛んできた蝶々が『白の死』に握り潰され、捨てられた。




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> あなざーEND。
 こっちの方が自分の物書きスタイルに合っててやっぱり「らしい」。雰囲気だけの小説になってしまいがちだけど、ただ音を繋げて遊ぶ、それだけの物語が本当に好きなのだ。

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