少しだけ、真実の話をしようかと思う。


 俺が生まれた時、「世界」は無かった。
 けれど傍には「親父」がいた。


 父親の分身――――言葉通り身を分けて生まれた俺は生まれた時から『親父』だった。
 全く同じ力を持ちながら違う人格を有した俺は親の存在を愛しく思いながら日々を過ごしたものだ。全てにおいて等価値である俺はあの人の目からどう映っていたのかは分からない。
 神様の箱庭の中で、父親が生み出す世界を楽しみにした。


 沢山の世界を父親と見た。
 沢山の生命を父親と見た。
 沢山の死者を父親と見た。
 数え切れないほどの世界を生みながら。


 時に世界に下りて、水を飲んだり、空気を吸ったり、生命と同じような動作をしてみたりもした。
 親父の頭に摘み取った花をぶちまけたりして遊んだこともあった。親父は何も言わなかったから、俺は喜んでいるのかも読み取れなかったけれど。
 あの人は世界を好きなのだと思っていた。
 世界を生み出すのが大好きなのだと思っていた。


 けれど、違っていた。


「もうこの世界は要らない」


 その言葉を聞いた瞬間、俺は言いようもない哀しみに包まれる。
 そして父親の分身として生まれた俺は三又の槍を大きく振り上げるのだ。大地を焼き払い、空を赤く染め、海を二つに割る。一瞬にして荒野になる世界を数え切れないほど、俺は眺め続けた。
 それが終わると「世界」そのものが崩壊し、きらきらと輝く星屑になる。
 槍を手に持ちながら黙する俺の後ろからは父親が見てる。
 大した感想も持たないまま、彼は箱庭に戻っていくのだ。


 其れを、繰り返し続けた。


 壊す度に思う。
 どうして失敗なんだって。
 壊す度に思う。
 本当は『何』が作りたいんだよって。


 親父の掌から生み出されるのは沢山の世界。
 後ほど「人間界」、「ホワイトランド」、「メルヘン王国」などと名前を付けられていくそれらの土台だ。二人で歴史を見ながら皆を見守り続けた。出来るだけ姿を現さないように、出来るだけ存在を知られないように。
 けれどやはり皆知っているのだ。
 神様の存在を。


 神様と崇め続ける声を聞きながら、その一方で俺は悪魔と化す。
 死神となった自分は倒壊する建物の中で一人笑い続けるだろう。


 幾度も繰り返される誕生と損失。
 親父の納得がいくまで何度でも何度でも世界は生み出され続ける。あの人と一緒にいた俺でもあの人が何を望んでいたのかなんて分からない。親父から与えられたのは同等の力とその姿のみ。
 大きな身体の後ろでいつだって身体を小さくさせていた俺はいつもあの人の表情が見れないでいた。


 そして。
 幾度目かの崩壊の時がやってくる。


「壊せ」


 一言だけで終わってしまう世界。
 がらがらと音を立てて――――いや、その音すら住人達には聞き取れないかもしれない。逃げ場所を失った彼らは神を呪いながら死んでいく。両手を天に掲げながら涙を零し、命の限り叫ぶのだ。


―― 何故神は我らを見捨てた!
―― 何故神は我らを救わない!
―― 何故!!
―― 答えよ、答えよ! 神よ!


 俺はぎゅっと耳に両手を当ててその声を無視する。
 シン……っと全ての音が消え去る、その瞬間まで。崩壊の全てが終わった頃、足元には地面は無く、頭の上には空も無く、在るのは自分ひとり。
 反吐が出そう。
 自分の内部が異常なほど圧迫されて吐き出す。
 退屈そうに父親が迎えに来るまで何度でも。


 悲しくて涙が溢れた。
 切なくて涙が零れた。
 壊す度に俺はわんわん声を挙げて叫び続けた。しゃっくりをして涙を必死に手で拭いながら呼び続けた。
 けれど、その度に苦しくなった。
 だって自分は――――。


「行くぞ」


 ああ、愛しい父親。
 貴方は自分に名を付けてくれなかった。もしかしたら俺もその頃は「親父」という代名詞ですら呼んでいなかったかもしれない。それくらい自分達は密接しすぎていたから。
 新たに壊れた世界を背に、星屑はきらきらと瞬く。無から有へとしばしの間変えて。


 俺は言った。


「もう嫌だ」


 涙を星屑に垂らし、そこから空間を開いた。
 丸く丸く、渦巻くように。
 父親は自分の反抗にほんの少し目を窄めた。


「俺は、もう世界壊すのやだ」
「そうか」
「こんな怖いの、も、やだっ」
「そうか」
「なんであんたは平気でいられるんだよ。俺は、俺は――――」
「そうか」


 子供の言葉にも大して興味など浮かばせなかった。
 喧嘩にもならなかった。一方的な訴えでしかなかった其れは軽く弾かれ、何処かに消える。俺は、ぐしっと涙を拭きながら姿を消した。
 塵状に自身の身体を分散させながら俺は悲しみにくれた。
 あの人は結局は『自分』にすら興味が無かったのだと。


 別の世界に逃亡した俺を追いかけてきやしなかった。
 いや、追いかけてくる必要などなかったのかもしれない。あの人は、『神』だったから。


「―――― ぅぇ……」


 繋がった糸が悲しくその光景を見せ付ける。
 足先から細く細く伸びた影の糸。その先に繋がっている人の、次なる『誕生』を。


 親父は新たに命を生み出す。
 てきぱきと最初から決められた動作で其れを生み出すんだ。手の中で捏ね、子供の形を出現させた。其れを胸に抱き寄せ……いや、そのまま『子供部屋』へと零す。
 『第二の子供』。
 父親は学んだ。全ての力を分け与えては自分のように逃亡してしまう、と。
 だから親父は第二の子供には『破壊』しか与えなかった。


 産まれた子供は自分と同じように世界を壊すだろう。
 父親が望む世界が産まれるまで何度でも……何度でも。


「……泣いてやるものか……ッ」


 槍を振り上げ、そのまま振り回す。
 糸を切り、親子の断絶を確かなものにする。巣立ちなんて優しい言葉じゃない。これは逃亡。そして対峙。影が確固たる神へと変貌を遂げた瞬間。
 音無き世界に堕ちていく『第一の子供』。


 俺は初めて世界を作った。
 自分が壊した世界の屑を核とし、涙を海に変え、息を誕生の息吹として。
 やがて自分はこの世界に降り立つだろう。親父と全く同じように自分の求める世界を形成するため、その背に『片割れ』を連れながら――――。



+++++



 少しだけ、過去の話をしようと思う。


 喧嘩をした後、どうも寂しくて寂しくて最初に生み出したのは――――複製。
 だけど俺はその相手に『最初の言霊』を植えつけた。


「『お前は決して俺にはならない』」


 ゆらゆらと業火から生まれた子供はその言葉に瞬きを返すのみ。
 俺はすぅっと三又の槍を出現させ、それを相手に渡した。鏡に映したかのように全く同じ姿を有しているのは、俺の『影』。握りこんだ槍を面白そうに見やり、それからにぃっとその口角を引き上げた。
 瞬間、風が頬を切り裂く。
 つぅっと血が滴り落ちてきたが、俺は指先で傷跡を撫でて瞬時に消した。


「そうだ。お前はお前でいろ」


 神に反抗し続ける神でいろ。
 自分の望みを持ち続ける神でいてくれ。
 誕生した子供は自分の姿を楽しそうに観察する。自分も親父に生み出されたときは興味心身で身体を弄ってたような気がするなんて笑いながら、見ていた。


 父親が好きだった俺。
 俺を好きでなかった父親。
 でも全てにおいて優秀すぎたあの父親が唯一傍に置いていたのは『子供』だった。子供という存在で見てなかったとしても寂しかったんじゃなかったのかと、俺は思いたい。


 手を持ち上げ、最初の契約を自分達は交わす。
 すでに親でもなく、子でもなく、ただの『神』と『影神』として。


「出来たら、俺が寂しくなくなるまで傍にいてくれ」



+++++



 少しだけ、隠された話をしようかと思う。


「フラッグが生まれた経緯は分かったけど……一つ質問いいか?」
「んんー? 何々ーん?」


 俺はちゅるるっとジュースをストローで吸い上げながらフィアちゃんの言葉を聞く。
 喉が渇いて少し痛い。氷でギンギンに冷やされた液体が食道を冷やした。


「お前、なんで『MZD』なんだ?」
「あ、それ俺も聞きたい」
「え、フラッグも知らないんですか?」
「だって俺が生まれた時にはもうMZDだったから」
「あー、それはなあ……MZDになる予定だったから」
「「「は?」」」


 ふぅっと息を吐き出し、自分の中を回想させながら言った。
 呆れた返事をする三人に困ったような笑みを浮かべながら指を立てる。細かく説明するために俺は口を開いた。


「フラッグが生まれる前、俺は寂しくて寂しくて自分を保てなくなった。だから固定するために名前を自分で付けたんだ」
「お前に寂しいだなんてそんな繊細な神経があったのか」
「フィアちゃんさり気なくきっつー!」
「んん? でもどっからMZDなんて出てきたんですか」
「まあ、簡単に説明するとだな。MZDって付けられる予定だったのは、俺じゃなくて『親父』だったんだよ」


 ぱんっと音を弾かせて俺はガラスコップを破裂させた。
 だが欠片は散らず、液体もまた零れることはなかった。宙にふわりふわりと浮き上がりながら液体は薄い膜を張った。水のスクリーンは波のノイズを生み出しながら其処に一組の夫婦を映し込む。
 幸せそうに笑う。
 「親父」と「恋人」の姿を。


「親父の運命を少しだけ先読みしたら、あのくそ親父の人生を見事にひっくり返した人間の女がいてな。そいつが自分を含めた姉妹三人の名前の頭文字を取って、名前の無かった親父に『MZD』と名づけた」


 メアリ。
 ゼルダ。
 ディース。


 『音』が『名前』になる。
 その瞬間、女は男に愛を生み出した。


「親父は最後まで人間のふりをして、少しずつ老けたふりをして女の最後を看取った。その後はもう女が好きだった音楽を集めまくる音神になったよ」
「お爺様が?」
「そう、あのくそ親父にも『恋物語』があったのさ」


 くっくっくっと笑いながら俺は指をくるんっと回す。
 ガラスコップは再生し、ジュースもまた中に納まる。ストローを挿してちゅるーっと吸い上げれば、フラッグがあからさまに嫌そうな顔をした。ガラスの欠片をうっかり混じらせるようなそんな間抜けな真似はしないんだけどなーと、手をひらひら振った。


「本当、時代ってのは凄い凄い。親父は別世界で元気良くポップンパーティやってるし、『第二の子供』はちゃっかりフィアちゃんと幼馴染やってるし、知らん間に『兄弟』は増えてるし……」


 ふっと横目でアンニュイ気分。
 一人っ子だった頃しか知らない俺は兄弟達の姿を脳裏に浮かべて、それのどれも同じ顔をしている事実に閉口する。


「それでもお前、結局はお爺様のこと好きだろ」
「んーんー?」
「じゃなきゃ、MZDに繋がる名前なんて自分に付けないだろうに」


 さらりと流されて俺はきょとんっと目を丸める。
 でもすぐににかっと笑う。


「大好っき」


 世界中で一番憎むならあの人を憎むだろう。
 けれど世界で一番最初に愛すならあの人を愛すだろう。


 繋がっていた糸を切り離し、自己を得た俺は片割れを生み出して世界を漂う。恋をして、子供を生み出して、悲劇に泣いて。
 それでも最初に生み出したこの不完全な世界を、俺は壊さない。
 親父が何を創りたかったのかは結局知らないけれど、俺は世界を無視するために生み出した。もう決して神の手など届かぬように、決して神が破滅へのレールを敷かぬように。


「ところでフラッグー」
「なんっすかー?」
「お前の世界は順調?」
「ぶっ!?」


 思いっきり噴出すフラッグの背中をエイダが呆れながら叩く。
 フィアちゃんと俺は自分の分のジュースに被害が行かないようさっとグラスをどけて逃げた。噎せたフラッグが何かを言おうとするけれど、言葉にはなっていない。知らないと思っているこいつが素直に可愛いと思う。


「さってと、今日の小咄は此処でおしまい。仕方が無いから仕事に戻るとすっかねー」
「こういう時だけちゃっかり仕事に戻る気!?」
「はっはっは、だってフラッグが泣くとエイダが怖いもんー」
「え、私のせいなんですか!? MZD様酷い!」
「いいからさっさと仕上げて来い」


 俺はひょいっとソファから飛び降りながら部屋を出る。
 背後でまだぷーっと膨れるエイダや噎せたフラッグ、それから少し距離を開いてジュースを啜るフィアレスの姿がある。指先を持ち上げ、爪先を見やる。この姿は自分じゃない。でも親父の姿でもない。どこから自分でどこから自分じゃないのか。


 喧嘩別れした時、俺は追いかけてきて欲しかっただけ。
 ただ、追いかけてきて欲しかっただけなのだ。
 お前が必要なんだ、と言って欲しかっただけなのだ。
 ――――けれど結果的にあの人は自分の存在を認めやしなかった。


「それでも、アンタの寂しさくらい、俺も知ってたよ」


 繋がった糸から感じ取れるマイナスの感情。
 あの親父は決してそれをそれだと認めやしなかったけれど。


 世界がリンクする。
 一つ、二つ、三つ。
 フラッグが生み出す『三番目の世界』ではどんな波乱が待っているだろう。俺が生み出した分身はやがてこの世界から消える。自分が作り出した世界に『幼神』を連れながら。
 あの幼き日々から願っていた、誘拐の日を今か今かと願っているのだから。


 そして俺は、きっと笑いながら見送ってしまうのだろう。
 その世界では誰も彼もがまた別の日常を送っていて、その世界では同じような輪廻を繰り返しながら、この世界とはまた違う住人達がいて。
 嬉しさも、悲しみも、怒りも、憎しみも、喜びも全て噛み合う。
 けれど少しずつ変わっていく平行した世界。
 その世界には――――どんな音があるのだろうか。


 未来を期待しながら俺はこの世界で生きる。
 愛しい子供達に囲まれながら、幸せのままで。


「さて、次に繋がる世界のために俺は音楽を集めておこうか」





…Fin...


>> MZD中心神一家。

 某方へ捧ぐ。
 結構『親父』はサイト内に散らばって書いてたのですがまとめて書いたのは今回は初めて。倉庫の「神への同系殺意」とかね。色々気が付いた方は色々ピースを組み合わせて遊んでやって下さい。ヒントは「平行世界」。

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