「キミの罪も恐怖も不安も何もかも全部持って行ってあげる」


 スマイルがそう口にした時、若草色の髪の毛を持つ同じ透明人間であるジェンドは寝かされているソファーの上で瞬きを数回繰り返した。
 舞台裏。ステージの端、逆光背負うDeuilのステージにジェンドが他の家族と共に何度か踏み入った事があるが、時として過呼吸……最悪の場合は暗転という名の意識喪失をもたらしてきた。
 楽器の音に押され、人の視線に押され、メンバーが紡ぐ圧倒的歌唱力の波に神経を押され――息が出来なくなる。
 過剰な情報は彼を意識の海に落としていく。
 家人に医療に長けている者がいる事もあり、そっとスタッフルームに運ばれていく細い身体へと視線を向け、それでもスマイルは口端を持ち上げ『わらう』のだ。
 まるで童話のアリスに出てくるチェシャ猫のように、三日月の形にして。


「今はユーリとアッシュのソロだから様子を見に来たら見事に倒れてるネェ〜」
「……客席の方が、良かった」
「ヒッヒッヒ、僕としてはすぐに駆け付けてあげられるスタッフルームの方が有難いけどネ」
「戻らなくていいの?」
「あと十分で戻るヨ」
「……」
「ボクのステージは見れそうカイ?」
「見る」


 言いつつジェンドが片手を緩く持ち上げれば、その手を掬い上げてスマイルは甲に口付けを一回降らした。
 甘く、優しい、透明感のあるキス。
 対して緑の前髪の隙間から冷えた視線を送りその行為を受け入れつつも、ジェンドは僅かに手の先を冷たく冷やす。緊張による血流の悪さにもスマイルは喉を鳴らす笑みを浮かべるのだ。


「――ッ!?」
「ヒッヒッヒ、思いっきり息を吸って、ボクの中に吐き出してヨ」


 青の兄と緑の弟――その血筋を憎みつつも互いの存在を心の特別枠に置いた二人は呼吸を唇を通して混じらせる。恨み言も嫉み事も自虐も昇華させるための行為は、小さく「は、……っ」と吐く音で意味を互いの耳に知らす。


「大丈夫、今のキミを殺す術をボクは持っているからネ」


 唇に人差し指を立て、笑顔のポーカーフェイス。
 瞬間、ジェンドを襲ったのは持病からくる発作。混乱を起こした頭が頭痛を引き起こしては思考をかき消そうと――防衛反応が起こっている。
 一番弱者であったはずの存在が沢山の生命を踏み、殺し、生き延びた事に対してジェンドは頭を抱え、起こしたばかりの上体をぐっと前へと倒した。
 ひたひたと足音がやってくる『過去』に怯えるのは目の前で嗤う男がジェンドの心を殺した男とよく似ているせい。


「雨が全てを愛でるなんて嘘だ。あれは、心を蝕む悪魔」
「……ん」
「開かずの扉の中から、囁く声は――」


 スマイルが「ラスネール」を歌う声にジェンドはしとしとと静かな雨を降らした。
 頬濡らす水滴は両手を濡らし、包帯を汚し、塗り重ねた虚像をはらはらと剥がしていく。
 透明人間――その名の通り誰にも見えない存在になりたいと願う反面、共に生きたいと願った欲望の果て。
 ああ、ああ、ああ。
 様々な恐怖症を持つジェンドの為にスマイルは笑顔の仮面を緩やかに纏う。せめて彼の前だけでは笑ってあげられるように、不安など笑顔で吹き飛ばしてやろうと、スマイルはいつ頃からか飄々とした態度を使い分けるようになった。


「何度でも、キミの『怖い事』を吸ってあげる。残った欠片で構成されたキミは清らかで浅ましい――幾度となく繰り返し狂い続けるキミをボクは心から愛してる」


 毒吐く唇はいつ塞がれた?
 重なる影と時計の針の音が時間の経過を知らす。


「今日もまたボクのために生まれておいで」


 ハッピー・バースディ。
 耳元で囁く声、その唇は誰を嗤っているのかなんて明白。
 折しも今日はスマイルの誕生日。
 「ボクが貰える本命プレゼントはキミだね」だなんて彼はまた――わらった。





…Fin...


>> 青緑スマ。

 スマイル誕生日おめでとう小咄。
 ですが、結局はいつもの二人のようです。

2020.02.18

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