さいとでやってたへいこうせかいのつづきです。
じゅうさんばんめのおはなしです。
彼がその墓場にいることは異常だと思った。
「あ、……れ」
見つめ続けていたら相手が――ジェンドがオレの存在に気が付いて目を瞬かせる。
オレは挨拶代わりに片手を持ち上げ、よっと言った。
「数年ぶり?」
「もっとかも?」
「そんなに年月は経ってない……と、思う」
「元気?」
「それなりに……、かな。そっちは?」
「オレ? オレは相変わらずってとこ」
コンビニ袋の中から余分に買っておいたペットボトルのお茶を取り出す。
それを相手に差し出せば一瞬戸惑われた。半ば押し付けるように渡せば、小さな声で「有難う」と言われた。
久しぶりに見る相手の身体は記憶とほぼ変わりない。成長は止まっているんだとそういえば以前言っていたっけ。オレは自分の分の飲料水に口付ける。怯えたようにペットボトルのキャップを開く相手を横目で見た後、オレは正面の墓石を見た。
「珍しいじゃん」
「……うん」
「こんなとこまで来るなんて」
「うん……」
「これ前言ってたお前の父親の?」
「……」
「違う?」
「……いや、合ってる、よ」
「だよ、な。此処オレらが始めて逢った場所なんだから」
ちびちびとまるで嘗めるような速度でジェンドはお茶を飲む。
もごもごと言葉を濁らせる相手に苛立ちを感じながらもそれを表には出さないようにする。
以前逢った時はもう少し髪が長かったような気がするが、また切ったのだろう。そう勝手に結論付けておく。
「ラフは……」
突然名を呼ばれ、ペットボトルから口を外す。
エメラルドグリーンの前髪の隙間から隻眼の赤い瞳がオレを不安そうに見上げていた。
「ラフは、わらえるように、なった?」
質問の意図が分からず、ぱちぱちと瞬きする。
疑問符が沢山振って来てオレの頭をたたいた、そんな感じ。
自分でも変なことを言っている自覚があるのだろう。
ジェンドはすぐに首をふるふると振り、片手を挙げて「ごめん」と言う。頬を僅かに赤く染めているのは自身の奇妙さを自覚しているからだ。
オレはペットボトルを袋の中に突っ込んで腕を組む。
目の前には墓石。
相手の。
オレの。
――父親の?
「わらえるぜ」
昔よりも笑えるようになった。
「わらえるようになった」
昔よりも嗤い飛ばせるようになった。
「わらってやろうか?」
昔よりもわらってられるようになった。
ジェンドはその手を口元に持ち上げ、くすっと笑う。
オレの返答がおかしかったのか、受けたのか。だけど彼が笑顔を浮かべてくれたのがほっとする。
若草色の自分の髪の毛も相手と同じように太陽光を反射させる。その様子を前髪の隙間から見ながらオレは肩を竦めた。
「ああ……ラフ、だぁ」
「何それ」
「ラフ、だなぁーって思ったよ。うん、逢えてよかった」
かつっとブーツの爪先がオレの方を向く。
身体をしっかりとオレの方に向け、両手を前で組んでそのぐりっとした瞳で見上げてきた。幼少の頃の自分の姿を連想させる面立ち。今見ても彼はやっぱりオレに良く似ていた。
「有難う。ばいばい」
すっと交差するように横を通り抜けていく。
オレの肩を彼の髪の毛が撫でるようにぎりぎりの距離ですれ違う。ほのかに鼻腔を擽るのは薔薇のような香り。香水でも付けているのだろうかと僅かに戸惑った。
女のふりはもう止めたと言っていたくせに。
「ジェン――――」
もう少し詳しい話を問いただしてやろうとオレは振り返る。
だが彼はもういない。
透明人間特有の能力を使ったのか、それとも消えてしまったのか。ぽりぽりと頭を引っかきながらオレは改めて墓石に向かい合った。
これは墓。
これは弔い場所。
これは父親の……。
それは彼が墓にいることは異常だと思った日。
相手の行動を異常だと決め付けて嘲笑えたのは幼い日のトラウマ。
オレはペットボトルを再び取り出し、蓋をあける。
それからスピードを付けて墓石に中身をぶちまけた。
「お前は、わらえなくなったのか」
昔は自分の分まで笑ってくれたのに、と。
びしゃびしゃになった墓石を眺め見る。つつー……と滴り落ちてくる水の糸がオレの足へと伸びているのが嫌で、そのまま踏み潰した。