世の中には、自分そっくりな人間が3人はいるっていう。俺は人狼だけど、今目の前に俺そっくりな奴がいるという事はさっき言った事が人間だけに限った事実じゃないらしい。

本当にそっくりなんだよ、俺とこいつの顔は。

‥‥顔、は。


「っはー、いつ飲んでもここのエスプレッソは最高やな!お前もそう思うやろ?」
何の因果か、俺そっくりの奴にコーヒーなんておごられている俺。カッシュと名乗ったそいつは、この店で一番苦いというエスプレッソをそれはそれは美味しそうに飲んでいる。
さっき一口だけ飲んでみたけど、苦くて苦くて飲めたものじゃない。それを満面の笑顔を浮かべつつどんどん飲めるとは、人の好みはそれぞれなんだなぁなんて思う。

それにしてもこの店のエスプレッソ、他の店のものと比べてもとびきり苦いらしい。それがカッシュの初来店よりずっと前からあったなんて、苦い物好きって結構いるんだな。
「‥‥」
さり気なくカッシュを伺い見る。その時通りかかった店員に、エスプレッソのお代わりを注文していた。

何度見てもカッシュは俺とそっくりだ。少し癖のある赤い髪も、その間から見える金色の目も、本当にそっくりなんだよ。最初会った時はマジでびっくりした。ついでに言うと、喋り方は俺の弟とちょっと似てる。

見れば見るほど似ているカッシュだけど、一つだけ明らかに違うところがある。それはカッシュが俺そっくりな事に気づくより先に気づいた事で、そっくりな分ショックが大きかった事。

‥‥カッシュは、俺より身長が高い。

カッシュの方が年上らしいからある意味当たり前かもしれないんだけど、彼の身長は俺より頭一つ分高い。多分ユーリスと同じか、少し低いくらいだと思う。

顔は俺そっくりで、身長は俺より高くて、喋り方は弟そっくり‥‥そんな相手と一緒にコーヒー飲んでるって、何だか不思議な気分かも。

「ん?どうかしたか?」
「え」
「さっきからたまにオレの顔見とるやろ。オレの顔に何かついとるか?」
「あ、いや、別に‥‥」
慌ててカッシュから視線を外し、まだあと3分の1ほど残っている俺の分のコーヒーに向けた。その表面に、自分の顔が映ってゆらゆら揺れている。
「‥‥なあ、ちょっと聞いていいかな」
「んー?何や何や」
俺が思いきって切り出した時、カッシュは3杯目のエスプレッソに口をつけていた。
「し、身長ってさ‥‥どうしたら伸びるの、かな」
「そんなん何もせんでも伸びるやろ」
‥‥ケロッと言われた。何でわざわざそんな事聞くんだ、そういう顔をしてる。
「リューも人狼やろ?まだ若いんやし、慌てんでもすぐ伸びるて」
「うー‥‥そういうものなのかなぁ」
「そーゆーモンやて。そや、エスプレッソ飲んだら伸びるかもしれへんで」
「いや、それはないと思う」
エスプレッソを飲んで身長が伸びたなんて、聞いた事もない。万が一本当に伸びるんだったら、どんなに苦くたって俺は喜んで飲むよ。
「まあ、身長が高かろーが低かろーが、リューはリューやん」
「‥‥」

また、だ。
さっきの発言もだけど、カッシュは色んな事をケロッとした顔で言ってのける。俺より年上のはずなのに、この無邪気さは一体どこから来るんだろう。いっそ羨ましいよ。
きっとこいつなら、もし俺みたいに身長が低くても俺みたいにコンプレックスを抱いたりはしないんだろうな。

「あんま悩むばっかりしとったらなー、縮むで?」
「ち、縮むとか言うなよ縁起でもない!」
俺は残っていたコーヒーを一気に飲み込んだ。口から鼻に抜ける苦味と香りを感じていると、銀色のトレーを持った店員が近づいてきた。
「お待たせいたしましたー」
「おっ、来た来た」
「‥‥!?」
思わず目を疑った。店員がテーブルの上に並べたのは、フルーツたっぷりのパフェ3つとエスプレッソ1杯。エスプレッソは当然カッシュが飲むとして‥‥
「えーと‥‥これ、全部食うの?」
「ん?オレは甘いモン嫌いやから」
「‥‥て事は、これ全部俺の分?」
「お前ぐらいの年の奴はみんなそんぐらい食うんやろ?」
‥‥そういえばさっき聞いたような気がする。どうやらカッシュの弟が俺くらいの年で、ものすごくよく食べるらしい。
だから俺も大食いだと思ってるようで、わざわざ注文してくれたんだと思う。
このパフェ、一つ一つは普通サイズなんだけど3つ一気に食べろと言われれば無理。この数を普通に平らげるなんて、その弟は一体どういう胃袋してんだろう。‥‥フードファイター?
「全っ部オレのおごりやから、遠慮せず食えや。なっ」
「いや‥‥遠慮、って言うか‥‥」
たった今聞いたようにカッシュは甘い物を食べないって言うし、これを全部俺が一人で食べるのも無理だし、かと言って残すのも‥‥成りゆきとはいえおごってもらっている手前、悪い気がする。
(‥‥あれ、もしかして俺今ピンチ?)
何だろう、大して暑くもないのに汗が出てきた。

視線を少し下に落とせばほんのりと甘い匂いを漂わせるパフェ3つ、視線を少し上に上げれば笑顔で俺の完食を待っているカッシュ。
今ここで都合よく出てきてくれれば何とかなるはずなのにと、俺は会った事もないカッシュの弟に助けを求めてみた‥‥。


+after+
身長についてもう少し突っ込んだ話したかったのに、あっさり終了。
うちでは人狼はみんな無駄に身長高くなる種族なのです。
カシュ兄は自分の弟が大食いだから、それが普通だと思ってるんですね



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