星々の光に抱かれて眠る。
 宇宙の母に見守れながら、子供達は夜を過ごす。
 そんな時間を愛おしむ頃も、確かに存在していた。



星々の下で産まれるメモリアル





 幼馴染である創世神の神の息子がベラの元にやってくる期間は不定期。
 強いて言うのであれば『ピアノの音が外れた時』に彼はやってくる。空間を割り、そこに身体を差し入れて地球やホワイトランドなどにいても一瞬でこのコンソール=ネメシスの南方へと出現する。
 名はフィアレス(fear・less)。
 本人はその名前を非常に嫌う傾向にあり、「フィアでいい」と言うが十字星二人はその言葉を無視し続ける。


 本来ならば略称や愛称は人と人との距離感を縮めるものだ。
 しかしながら彼にとってはフィアと名を呼ばれることは戒めである。本名が示す意味は『恐れないで、怯えないで』。その昔彼の母親が、『闇』の感情の塊であった子供に対して世界中の不思議を知ってほしいと、そして知って尚楽しく生きてほしいと祈ってつけた名前である。
 だが、現在のフィアレスはそれを拒んでしまう。
 恐れないで、怯えないで。
 その二つの意味を受け取れずにいるのはその名付けをしてくれた母親が『負の感情』によって殺されてしまったからである。


 そしてその際、彼は『闇』に戻りかけた。
 瞳から光を喪い、母親を追い掛けるかのように冥府へとその身を、心を沈めようとしていた。それを一次的に止めたのはベラという少年。
 『偽十字』と呼ばれ、『南十字星』と呼ばれるノーヴァと比較され続ける少年であった。


『遅かれ早かれどうせいずれ喪う光だ。それでよければお前さまにくれてやる』


 闇を纏い病んだ幼馴染に告げた確かなる宣言。
 その言葉を傍で聞いていたのは視覚を有していたノーヴァ。彼は見ていた。全てを見ていた。黒い靄が五歳児程度の少年を包み込み、そしてその靄が細い手を伸ばしてベラの目から最後の星の光を奪い去ったのを。


 どうして。
 どうして彼の光を奪ったの、とノーヴァは嘆いたがベラは後悔などせずにいた。
 心より大切な幼馴染、友の為に捧げた光を惜しまなかったのが事実である。


 完全なる盲目へと至ったピアニスト。
 既に名を馳せていた作曲家が彼の代わりに嘆きを口にしたが、ベラはその嘆きすら煩わしいと捨て置いた。


 そしてその時をもって、十字星による『音楽戦争』が開始された。
 ノーヴァは『光』を紡ぐ。
 満天の星空や彗星のきらめき。産まれてきた星の産声――それらの音楽を認めさせるために。
 ベラは音に『闇』を重ねる。
 十字星に比べ続けられる苦痛、フィアレスや盲目となった視界をノーヴァに理解されぬと知っているがゆえに、その闇から産む音楽をぶつけ続けた。


 女神を喪った悲劇。
 その原因をベラやノーヴァは知らぬが、フィアレスが人間嫌いになったということは人間が関与していることは間違いなかった。
 だからこそ、女神に代わる影神を足に取り付けられ、世界中を巡る事となったフィアレスを迎える事こそがベラにとっては一種の楽しみになっていたのだ。


 それにベラが所持している九十七鍵のカスタムグランドピアノの調律師は唯一無二。
 フィアレスのみが『ベラの指先に馴染んだまま一ヘルツも狂わさず』に調律することが出来るのだ。通常の調律師には無しえぬ調律方法。音叉を使って行うそれではなく、指先から願うだけで神は成す。破壊ではなく、再生。再生だけではなく、ピアニストと共に在るようにと調整されるそれに「羨ましいなぁ」とノーヴァが岩場に腰を下ろし、両手で顎を支えながら呟くのも当然のことである。


 さて、前置きはここまで。
 必要な情報はここまで。
 今日語る物語は――少しばかりの『事情』を乗せて始まるのだから。



+++++



「……ふぇ」
「ふぇってなんだ、ふぇって」
「あ、いえ、これは、ですね。私、の……変なこえ、です〜っ」
「幼神、名付けられてないフィアレスの影神さまよ。産まれて間もないとはいえ少々知性が低すぎないか?」


 ベラが僅かにフリルの装飾が成された紫色のパジャマに身を包んだ状態で床に敷かれた布団の上に寝そべり、枕を抱きながら聞こえた音に素直な感想を漏らす。
 対して突っ込まれた幼神――もといフィアレスの新しい影神は恥ずかしいとばかりに白の枕をぎゅううっと己の眼前に押し付けて顔を隠す。


「ベラ……」
「フィアレス、分かってるさ。この影神さまとやらは産まれて数か月しか経っていないんだろう? まだ言葉遣いも拙いのだと理解しているが――」
「べ、勉強中、で! だから私、今聞いた事の感想、音にしたらこうなってしまって!」
「ベラ、子供に対して苛めるのは良くないよ。ほーら幼神さんはこっちおいでー」
「わたし、ノーヴァさんより年下です。さん、いらないです!」
「オレとしてはフィアレスを泊めることにより幼神が一緒に泊まる事は承知していたが、何故ノーヴァ。お前さまも此処に居るのか問いたい」


 おや、意外。とノーヴァは枕を顔に押し付け続ける影神を抱き寄せる。
 影神と言っても普段ののっぺらぼうの方ではなく、人型の方。此処に居る人物三人とそう大差のない年齢の姿を持った少年だった。
 流石に就寝時にいつも装着しているサングラスは外しており、裸眼の状態のその顔立ちはフィアレスとほぼ同じ。――否、何も言わなければ双子と間違えそうなほどに似ていた。


 しかしその内面は非常に『幼い』。
 名付けられていない影神ゆえに神々はその子を『幼神』と呼ぶのでベラ達もまた添うように呼んではいるが、時々突拍子もない言動が目立つ子が創世神の息子の『影神』であっていいのかと疑問を抱くことがある。
 それでもフィアレスが不安定にならぬように努力している様子を知っているので、言葉は呑み込んではいるが。


「君達がパジャマパーティを開くというのに私をのけ者にするなんて酷いじゃないか」
「いつパジャマパーティなどと言うものが開かれたんだ」
「いやー、だってほら今夜はただ泊まるだけじゃないんだろう? 『折角だし貴方も行って来たらどうかしら?』と母様に進言されてはこう愛用の枕とパジャマで星渡りをしたくなるものじゃないか」
「……面白がっていることは分かった。出ていけ」
「あ、いえ! 私の話、人が多い方がきっといい意見聞けるので! 出て行かなくても、大丈夫なので!」


 ノーヴァの腕の中でやっと枕から顔を出した幼神が叫ぶ。
 ベラがチッと舌打ちしたのをフィアレスは聞き逃さず、しかし適度に襲ってきた眠気に一つ欠伸をした。
 眠いか? とベラがフィアレスの腕を引っ張り寝るように示唆する。その進言にこくんっと一度頭を垂れさせた子供は、黒のパジャマに身を包んだ状態のまま星に敷かれた布団の中――もとい、ベラの腕の中に潜り込もうと動いた。
 その様子にベラはおやと二音漏らすと、抱いていた枕を外して頭の方へと置きそのままフィアレスを抱き込んで額に口づけを降らした。


「それで、話とはなんだ」
「いや、待って。ベラ。私は君たちのその状態を突っ込みたい。なんでナチュラルに添い寝してるの!? なんでおやすみのキスをしてるのさ!」
「おやすみのキスも、添い寝も普通じゃないか……?」
「フィアレスの環境ではこれが普通らしいのでオレも従っている」
「どれだけ甘やかされて育てられてるの!?」
「すみません!」
「そしてどうして幼神さんが謝るの!?」
「私と、フィア様……いつもこんな感じで寝るので……。あとフィア様はMZD様と寝る時もそうですし! 私もフラッグとも寝る時、もそうですうう……!」


 あああ、と恥ずかしそうに幼神が枕をまた抱いてしまった。
 甘やかしすぎじゃない? とノーヴァが正直引くほどの事実にベラが喉で笑う。文化の違いと思って受け入れるにしてもべたべた甘々としか言いようのない彼らの就寝時の状況にノーヴァは思わず天を見上げた。


 母から与えられた淡い黄色のパジャマは実はベラとお揃いの物。
 ノーヴァはそれを口にすることはないが、視力のあるフィアレスや幼神には兄弟のように与えられているそのパジャマは自分達の就寝時と何が変わらぬのかと突っ込みたいところであった。


「で、えっと! 話です! 私の話を聞いてほしくて……それでお泊りになったんです!」


 はっと本題に戻そうと幼神が顔を上げる。
 やっと話が聞けるのかとベラは解いた己の髪の毛を掻き上げる。長く伸びた後ろ髪は引っかからぬよう適度な位置で緩く結わえているが、それでも常よりも解放した状態で布団の上へと散っている。
 目隠し布も外そうかと迷ってはいるがまだ話が始まったばかりで、外すのは少々躊躇われた。
 ノーヴァはやれやれと吐息を出せば、自分の領域として与えられた布団の上で幼神の頭を緩やかに何度か撫でた。


「実はフラッグとの話、になるのです」
「MZDの影神様だよね」
「はい、私の大先輩にあたります」
「あの父の影神がお前さまに話をさせる動きをするとは思えないが……?」
「……」
「フィアレス、お前は知っているのか」
「知ってる。――が、俺はどうやらべたべたに甘やかされて育っているので判断が難しい。だからお前達に意見を聞きたい」
「今のって私に対する言葉として受け取っていい? ねえ」


 べたべた甘々。
 つーんっと拗ねた様子でベラの首に腕を回してより一層密着すれば、ノーヴァが頭に両手を当てて悲鳴にならない声をあげた。
 だが実際問題、フィアレスの様子を見たものはノーヴァとほぼ同じ感想を持つだろう。十五歳程度の……しかも男同士が恋人でもないのに添い寝、そしてベラ側も首に腕を回されても抵抗せずむしろ背中を撫でている様子を見れば「お前ら幼馴染っていうのは嘘だろ」と突っ込みたくなるものだ。


「ああ、あの。ノーヴァ様! フィア様がああやってるのは安心しきってる証なので、――なので、ですね!」
「分かってるよ! ベラもフィアレスも私の事をからかってるってことくらい!」
「はい、そのとおりです!」
「元気よく肯定されると悲しいよ……」
「あれ?」


 返答を間違えたかな、と幼神は小首をこてんっと横に倒す。
 このずれた感覚が周囲を振り回している自覚など今はないらしい子供には流石にノーヴァも怒りをぶつけるわけにいかず、むしろそのずれっぷりを愛でることにした。


「で、話って? 全然進んでないじゃない」
「あ、フラッグのお話でして」
「うんうん。それで?」
「先日、キスされまして」
「キスね。どこに?」
「最初は頬だったんですけれど……次に『俺、君の事攫っていい?』って唇に」
「わー……」
「ね、意味わからない、でしょ?」
「え」


 わからない?
 分からない? とは。
 その言葉を聞いてベラが珍しく声をあげて笑った。フィアレスはベラの腕の中でもう一度欠伸をするが、寝る気はなさそうだ。くるりと反転し、背中をベラに預けてノーヴァに抱かれている幼神を見やる。ノーヴァは額に手を押し当て、軽く背をのけ反らせて唸った。


「ほんっとうに意味が分からない!?」
「え」
「え、じゃなくって――フィアレス! フラッグさんってどんな人!?」
「MZDよりも仕事が出来て、くそ真面目。俺の事も良く面倒を見てくれるし、知識も豊富。億年単位で影神をやってるせいか能力値も高くて父さんと対等の信頼関係を築いてる。それに将来的には平行世界の神様になる事が確定してる男」
「何それスペック高くない!?」
「そうだな。言葉にすると高いな」
「そう、すごい神様なんです! 生まれたての私、とは違って……色々出来ますし……」


 私、ドジですし。と続き、ずーんっと背中に縦線を背負う幼神。
 誰もそれを否定しないのは事実だから。けれどもよしよしとノーヴァは幼神の頭を撫でると、フィアレスの視線と丁度ぶつかった。
 甘やかしてるじゃないかと目で訴えてくる彼にノーヴァは息を詰まらせる。
 いやいや、これとそれとは関係性が違う。
 ベラがフィアレスの添い寝をするのと自分より幼い子を慰めるとでは意味が異なるとこちらもまた幼神越しに視線で返した。


「数日前からこうなんだ。MZDに聞いても『あー……』の一言だし、かといってフラッグに直接聞きに行くのも躊躇われてな。俺としても答えはあるんだが、それを上手く説明する言葉が……正直難しい」
「なるほど。それでお前さま達はこんな辺境の星まできて……く、くくくっ」
「ベラ、笑いすぎ!」
「笑うだろう。それで、幼神。お前さまはどう答えたんだ?」
「答えてないです」
「え」
「そのキスの後、ごはんにおよばれしたので……」


 一瞬シーン、と沈黙が訪れる。
 ノーヴァが完全に額に手を当て幼神から両手を外すとそのまま後ろに倒れ込み、布団が彼を受け止める。笑っていたベラもまさかの回答にフィアレスの後頭部に額を押し付けて脱力した。


 いやいやいや、産まれたてとはいえ幼神も一神だ。
 神と名がついているはずなのにどうして彼はこんなにもずれているんだとノーヴァもベラも心の中で思わず突っ込んだ。その瞬間だけは二人とも一つの心になったとは知らずに。


「フィアレス……」
「幼神はいつもこんな感じだぞ。俺よりも世間知らずな面が強くて、……あと火に弱い。この間食事を頼んだら火加減が分からなくてそのまま部屋を焼いた」
「部屋、直しました!」
「そうじゃなくてな」


 フィアレスでもお手上げなものをどう扱おうかと十字星達は考える。
 だがノーヴァは既に神に認められた作曲家で、ベラは駆け出しとはいえピアニスト。つまり――感情を音に込める事には長けているのだ。


 髪の毛を解いたノーヴァの金糸が布団に散らばって煌めく。
 星々の光を吸ったその髪の毛、その前髪をぐしゃりと握り込んでから勢いをつけて起き上がるとびくりと幼神が驚く。


「この件はノーヴァ、お前さまの方が得意だろう。任せた」
「ちょ、今投げられても私が困る!」
「オレにはまだ早い。そう、オレなんかが答えると……、くく……」
「ベラ、笑い過ぎ。流石の俺も怒るぞ」
「フィアレスですら理解出来ているものをこの神が分からぬ事が可笑しすぎて笑いが止まらないのは罪か?」
「――ということは、三人はわかるんですね?」


 枕を抱きしめ、ぶっすりと不細工な表情を浮かべながら幼神は言う。
 むしろ何故分からない! と三人の視線と心の中の突っ込みが飛ぶ。声に出さないのは一応気を使っているからで――はてさて、誰が一番伝えるのに適任かと三人三様に視線を巡らせる。とは言ってもベラとフィアレスの向いている方向は全く同じなわけで。


「ノーヴァ」
「分かった分かった! 私からもうストレートに言えばいいんだね!? 言っていいんだね!?」
「頼む」
「この場においては適任者だろうよ。偽物の言葉よりも、傍にいすぎているフィアレスの言葉よりも求めているのは第三者の言葉なのだから」


 フィアレスの後頭部に額を押し付け、肩を震わせて笑うベラ。
 もっともらしい事を口にしていても態度は素直過ぎるとノーヴァは頭痛を覚えた。そんなベラを背にフィアレスは己の身体を抱く腕に手を添える。
 ああ、もうこの幼馴染達はべたべたしやがってとノーヴァが睨むが、答えを待ち望んでいる純粋な瞳――幼神の視線にやがて息を吐いた後、人差し指を一本立て、そして言い切った。


「いい、幼神さん!」
「はい」
「君が受けたそれは『プロポーズ』だよ! もしくは『愛の告白』!」
「はい?」


 くくっと首が傾く。
 言葉を聞いても合点が行かなかったのか、それとも処理が遅れているのか、幼神は枕を抱きしめたまま固まってしまった。
 ノーヴァが少しストレート過ぎたかと顔の前で手を振る。しかし目の反応はない。やはり処理が追いついていない様子。
 しかしまるでブリキ人形のように片手が持ち上がったのが見えた。


「あ、の」
「はい。どうぞ」
「私、産まれて数か月、でして」
「そうだね」
「フラッグ……億年生きてまして」
「そうらしいね」
「……犯罪、じゃないでしょうか」
「あ、そこ!? 告白された事実じゃなくって、年の差に引っかかるの!?」


 ノーヴァの突っ込みにもう耐え切れないとばかりにベラがフィアレスの背中で震える。気持ちはわかる、とフィアレスは己の腕に回るベラの手を数回叩く。
 「いつもこの調子なんだ」と言えば、「面白すぎる神もいたものだ」とベラは評した。


「――というか……」


 ぽつりと呟く音。
 それから枕に口元を当ててわざと音を押さえるように幼神は言った。


「その対象に、なったら、……犯罪です、よね?」


 耳まで真っ赤に染め上がった肌の色。
 理解が追いつき、冷静に言葉を返す様子にノーヴァが「お」と一音漏らす。もしかして彼は――。


「君はもしかしてわざと考えないようにしてた?」
「え、あ、ちが」
「あー、あー、そう言う事。そう言う事かー」
「さすがに……私、唇へのキスの意味知ってますし、……フィア様ともしたことなかったのに」
「俺もないな……。父さんとも母さんとも、もちろんフラッグとも」
「オレも唇へのキスは未経験だな。ノーヴァ、お前さまは」
「ないよ!!」
「――え?」
「「「え」」」


 三人の返答を聞いた瞬間、四人同時に察する。
 そしてそれに即座に反応してしまったのは幼神。彼はただでさえ紅潮させてしまった顔から火が吹くのではないかという勢いで血を昇らせる。


「わ、たし、返答保留に、してて!」
「落ち着いて幼神!」
「ま、まさか皆様唇へのキス、経験ないとか思ってなくて!」
「……動揺しすぎか」
「ふ、フラッグに返答しなきゃッ!」
「もう夜だが、お前さま今から戻るのか」
「フラッグ、多分おしごとちゅうですううう!!」


 マジか、と十字星が心で突っ込む。
 その空気を察したフィアレスは「そういえばこの間ホワイトランドの雲の安定率について広範囲で計算していたけど、あれ終わったんだろうか……」と呟いた。
 時計を見やれば日付が変わる手前。
 通常であれば休んでいる時間帯だが――。


「ああ、でもフィア様、の傍離れちゃ」
「オレがいるなら平気だろう。お前さまはお前さまで用事が出来たのだし、やる事はやってこい」
「いえ、私の存在意義、そばにいる、ことで!」
「今日なら私もいるから、行ってきなよ」
「ふぃあさまあああ」
「俺は寝る。寝た。おやすみ」


 反転し、再びベラの腕の中へと潜るフィアレス。
 ベラは素早く掛け布団を掴み、フィアレスの身体を覆い隠し、布団越しに数回叩く。すー……と寝息が聞こえてくればぷしゅううと頭から煙が出た幼神の出来上がり。
 だがその煙を振り払うように左右に振り、三人に気を使われてしまった現状を理解すると枕を抱きしめたまま立ち上がる。熱のせいで一瞬ふらっとしたけれど、ノーヴァが軽く彼の背に手を添えて支えて事なきを得た。


「すみません! いってきます!」


 そう言った瞬間に姿が消える。
 空気を裂く音も何も聞こえないほどの猛スピードでの空間渡りにノーヴァは瞬きを数回繰り返し……そして。


「も、だめっ! あははははは! なに、これ。なんなのこれ!」
「フィアレス、寝たふりはもういいぞ」
「ふりじゃなくて……割と眠い」
「お前さまの影神は本当にずれているな」
「だろう」
「あははははは! 相談事じゃなくって、確信と後押しが欲しかったんじゃないか!」
「……そうだな。それは主である俺からも認める」


 あれは自分で考える事が苦手な神だから。
 そう答えようと唇を開くも眠気の方が勝り、本格的にベラの腕の中でフィアレスは眠り始める。夢の中でならなんとか一人になっても狂わずにいられる。……友の腕の中でなら、多分より一層安心していられるだろうと願って。


「おやすみ。どうせお前さまのことだ。あの影神さまの事で数日まともに寝てないんだろう」
「ん」
「おやすみ、フィアレス。私からもおやすみのキスをしておくね」
「んん」


 額に触れるノーヴァのキス。
 瞼を伏せたままそれを受けるとフィアレスは反射的に腕を後方へと回し、そして手で位置を確認するとノーヴァの横髪を指先に絡めて軽く引き。


「おやすみ……」


 ちゅっと返す頬へのキス。
 やがて手の力が抜け落ち、定期的な寝息が聞こえ始める。ベラがフィアレスの身体を抱き寄せて背中を撫でれば、ノーヴァはもう「このべたべた幼馴染が」と呆れた息しか出なかった。


 ――さて、翌日。


「恋人(仮)になりました!」
「「「(仮)って何」」」
「えっと、『君が落ち着くまで待てるから、君が俺の事を本気で好きになった頃にちゃんとした恋人になろうね』って」


 フィアレスを迎えに来た幼神はすがすがしい顔で三人に報告をする。
 だがまだ影神達が本当の恋人になるのはまだ先の様子。


「いや、どう考えてももう堕ちてるでしょう」
「お前さまの影神もだが、もしかして父の影神もずれてるのか」
「昨日の慌てっぷりに対してフラッグが気を使ったと思う。あれはそれが出来る男」
「やっぱりスペック高いね!?」
「対してこちらは……」
「言うな。成長途中なんだ」


 フィアレスが真顔で答える。
 十字星二人はその答えに肩を竦めるが、幼神がひとまずは幸せそうなので今回は良しとした。





…Fin...


>> 幼少十字星と黒橙ペア。

 本当、フラッグはスペック高くて出来る男ですよ。(重要)
 小説「幼神」のラストからそういえば恋人に至った流れが書けてないなと思っていた矢先にパジャマパーティのネタが降ってきたので、そのまま幼神の相談タイム。
 めちゃくちゃずれてますが恋バナですね。実は四コマにしようとしていた。
 ちなみにこの話によって『幼馴染』に幼神が加わってしまった事実に作者が笑っている。

 尚、幼神の思考がずれているのは「金のイト」辺り参照。
 エイダ時代になると多少修正が効いてますけど、彼が未だに安定しない理由の一つです。

2019.08.16

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