「フィアちゃんー、今回も裏カラーお願い!」


 そう切り出してきたのはポップンパーティ主催者であるMZD。
 その影神であるフラッグも、願われたフィアもエイダも頭の上に?マークを一瞬浮かべた。傍には黒と白の小さな影神達が仕事の手伝いをしていて、今もモニターの中に潜り込んでは旋律の調整と参加者のリストアップに勤しんでいる。


 フィアにムービー依頼が来るのは珍しくない。
 過去何十回と「パーティに出席しないならせめて!」と願われた日々を思い出しながら、フィアは両手を顔の前で叩き合わせているMZDを見やる。読んでいた聖書を膝の上に置けば、MZDは話を聞いてくれるその態度を見逃さず、素早く彼が座っているソファの隣へと腰をどかっと下ろした。


「いやー、今回のムービーなんだけどさぁー。特殊な奴等に依頼をしちまった事も込めて……こんな感じにしたいわけ!!」


 そういって彼がモニターに映し出すのは3Dマネキン像が動くムービー。
 小説で言う草案にあたるそれに興味を引かれたのはMZDとは反対側に座っていたエイダだった。フラッグは既にそのムービーを見ているため、「とうとう頼みに行ったか」と一言だけ残し己の担当の仕事を片付けていく。普段から仕事を溜めないように――せめてMZDが逃げ出さないレベルまで消化しておこうと働く彼はまさに『秘書』。
 昔はこんなんじゃなかったのに、とため息をつく様子に黒と白の名付けられていない小さな神々が片方ずつ肩をぽんっと叩いた。
 「フィア様のことだからきっと請け負ってしまうんだろう」と、フラッグは書き換え中のデータを打ち込みながら心の奥で思う。
 だが。


「断る」
「え、なんで!?」
「俺にこれは出来ない」
「いやいやいや出来るって! それに最後にドヤってやるの爽快な気分になれるよ。っていうかドヤ顔くらい出来るじゃん!!」
「論点はそこじゃない」


 聞こえてきた会話に思わずフラッグの手が止まった。
 エイダもおや? という顔でMZDとフィアの顔を交互に見やる。だがフィアは再度首を左右にふり、そして拒否の言葉を吐き出す。これには意外とばかりに周囲が驚き、MZD自身も断られるとは思っておらず、がくりと肩を落とした。
 だがそこで諦めるような神であるのならば、……少なくともフラッグは苦労しないだろう。


「……だめ?」
「前から覗き込んできて上目遣いしてもダメ」
「こんなにも可愛い俺様のお願いを断るなんて、フィアちゃんの馬鹿ー!」
「外見年齢も同じ、顔も同じだろ」
「てへぺろ★」


 根気よく、ではなく本人曰く愛らしくお願いモードに入ったMZDにフラッグの手が滑る。
 まてまてまて、お前は自分の年齢を本気で考えろと心の中で突っ込みを入れながら、今押してしまったキーを慌てて確認すれば、画面には「ERROR」の文字。


「あああああ、MZDのばかああああ!!」
「俺、フラッグには何もしてねええだろおおお」
「あざとかわいいとか出来ないんですからやらないでくださいいいい」
「お前あとでちょっと表出ろ。アマゾン川に突き落とすか流星群にぶち込んでやる」


 アマゾン川流域青木町。
 我らが神々がでたらめに住んでいる『神域』にはワニの住む川がある。MZDがぴきっと青筋を立てながら中指を立ててフラッグへと宣戦布告を突き付けるが、失敗してしまったデータ入力の再生に本人はそれどころではない。
 相手にしてられないとばかりにしっしっと片手を振って仕事の邪魔するなとばかりの態度を取れば、「やっぱりたまには手合わせが必要だよなぁ」と最高神の呟く声がフィアとエイダに届き、彼らは少しばかり天井を見上げて同情の意思を浮かべてしまう。


「まあ、フラッグについてはハテナ達が成長訓練がてらなんとかしてくれるだろうから捨て置いて、だ」
「あれは本来お前の仕事だろ」
「フィアちゃんー、大人のお仕事には余裕ってものが大事でねー」
「フラッグも、後継者達も忙しそうに見えるが……」
「あああああ、出かけないで、逃げないで、フィアちゃん! ムービーの依頼も立派な俺の仕事なんだって理解してくれてるだろおおお」
「してる、けど」


 フィアが愛読書の聖書を持って立ち上がり場を後にしようとすると、その細い腰にMZDが腕を巻き付けてホールドする。
 動けなくなったフィアを見てエイダがぷっと息を吹きだして笑うが、フィアからしてみればむしろ助けて欲しい案件だったりするのだ。だが、MZDのいう事も一理ある。殆どのRimixを一人で作り上げ、それをパーティに披露する場では流石に神であっても『手が足りない』というもの。
 だからこそ、フィアもフラッグもエイダも依頼をされれば基本的には受けるようにはしている。


 そして大体のパーティにおいて、MZDの『裏側』を担当するのはフィアだ。
 それはMZDたっての願い事で、アンセムトランスRimixのように『特例』ではない限りはフィアの揺るぎない立場と言っても過言ではなかった。
 MZDの対。
 MZDの裏。
 MZDの――。
 人嫌いの神様がムービーだけでも姿を見せてくれるという事実から、ポッパー達にとってそれは既に根深く根付いていた認識で在り続ける。


「今回、裏側に『白』を選んだ――それが拒否理由だ」
「白が駄目?」
「それに……」
「それに?」


 腰に腕を回しながらMZDがフィアに問いかける。
 フィアは諦めて再びソファへと腰を下ろした後、彼の手をそっと握って外すとゆっくりと自立するように示唆した。言葉を待つのは神々一同。――否、仕事をしている哀れな影神達以外。


「白、……は、エイダと……母さんのイメージだから」
「あー……」


 イメージカラー。
 まさに言葉の通りである。フィアは己の中に白を飼わない。持たない。有せない。それは己の誕生から始まり、今に至る経歴を示す。
 闇を纏う神は他にも存在し、稀に言葉を交わしに来るが、名無しの彼とはまた別の意味でフィアもまた「闇」であった。
 そんな己が『白』を身体に纏うなど拒否以外あり得ないと――フィアはそう言うのだ。


 明るく純粋であった母。
 同じく純粋培養で育てられた幼神。
 確かに二人の存在に救われ続けた神々は、そこに闇ではなく『光』を見出すだろう。


 MZDが小さな唸り声をあげて額に手を当てる。
 気持ちが分からなくもないと、そう表情が物語る。妻を思い、子を思い、恋人を思う気持ちに複雑さを感じればやがて己の腹部に両手を交差させソファーへとぐたりともたれかかった。「失敗かぁ」と小さく呟き脱力する姿を見ながらエイダがやや眉を寄せ、苦みのある表情を浮かべるが……ふとそれが笑みへと変わった。


「じゃあ、今回は私がMZD様の裏カラーを担当いたしますね」
「すまない、そうしてくれると助かる」
「でもね、フィア様。一つだけ条件があります」
「条件?」
「MZD様、このムービー最後にカラー変えしても良いですかー」
「お? 何々、面白い事提案してくるじゃん。ちょっとモニターだすから遠慮なく案を出せ出せ」


 一気に復活したMZDが手を左から右へと滑らせる。
 展開する緑のモニターの中には新しい3Dモデル。エイダは両手を少しだけ動かし慣らした後、そのモデルに指先を滑らせた。
 踊る踊る仮想世界の人形達。
 回る回る仮想世界の自分達。


 そして神の指先は色を塗る筆となり、最初にMZDが白で構成したムービーを別の色へと変色させる。


「最初は白と……髪はこのまま緑。でも最後は……フィア様の色にしたいです。回転してる隙に入れ替わる感じで」
「お」
「……え?」
「そして、MZD様。貴方の方はフラッグのカラーを取り入れたものに」
「エイダ、俺の事呼んだぁあああ!?」
「呼びましたー! ひと段落ついたらこっちに来てくださいー!」
「今終わった!!」


 タンっと指先を跳ねさせてフラッグが先ほど失敗したデータ入力を完了させる。
 モニターの中から出てきた白黒の神影達にお疲れ様と指先で頭を撫でながら肩へと乗るように指先で案内すれば、小さな神々はきゃっきゃっと楽し気に両肩へと飛び乗った。
 仕事をするのが楽しいという子供達はまだまだ影神としては未熟だけれど、その成長は今後期待が出来そうだ。


 フラッグがエイダの隣に座ろうとするので、フィアがMZDを押し端へと寄せる。
 順番に僅かに移動して数人掛けのソファーに四人並んで座れば、目の前には今しがたエイダが色づけた3Dモデルと、MZDが撮るであろう表のモデルが並び、同じ動きで繰り返し踊る姿が見えた。


「あーあー。なーるほど。エイダの考えてることが手に取るようにわかる」
「そうきたか……」


 MZDがエイダの案ににやにやと口端を持ち上げて悪戯っ子そのものの笑顔を浮かべる。
 否、それはまさに「悪戯」のようなアイディアであった。


 フラッグもまた改案された人形達を見ては足を組み合わせ、思わず口元が緩む。
 エイダはどうでしょうか、と己の膝の上に両手を乗せてて姿勢よく皆の反応を待っていた。フィアは白が駄目だという、ならば――。


「皆でたまには一緒のムービー担当してもいいじゃないですか。ね」


 これは神様パレット。
 各々が担当するのではなく、皆が一つとなり溶けあって作り上げるムービー。背中に流れるであろう出演者たちの事も考えればそれは多種多様なカラフルな色あいを持つ。
 いつもは音を産み出した担当者達と一人だけ。
 稀に直接担当者から指名依頼も届くけれど、基本的にはイメージカラーに沿ってMZDは担当を分け、他の三神はそれを手伝ってきた。
 けれども今回は異なることをしよう。
 物語の最後には神様パレットを用意して、『総出演』しようとエイダは願う。


「俺様はOKだすぞー。こういうとんでもない案も大好きだ」
「俺も良いですよ。MZDの代わりにどや顔をしてやります」
「フラッグ。今回はそんなに仕事を回してないつもりなんだけど、俺に恨みでもあるのか?」
「いえいえそんなそんな。たまにはMZDと対等であることを皆に知っていただきたいなぁーって思っているだけです」
「嘘つけ、このエイダ馬鹿」
「何言ってるんですかフィア様離れできない神様が」
「恋人同士だから問題ないね」
「――と、おっしゃってますが、フィア様的には有りですか」


 まさかここでその話題をふってくるとは思わなかったので、フィアは目を瞬かせる。
 当然サングラスの奥での出来事ではあったが、気配から三神は察せられるので問題ない。小さな影神達だけが「あり?」「なし?」と楽しそうに笑うだけで。


 フィアは右薬指を撫でる。
 そこに嵌っているのは自分が精神不安定に陥っていた頃にMZDが嵌めた指輪。次いで左の薬指を撫でる。そこに嵌っているのは――これもまた「自分だけの指輪」。


「もうっ、MZD様もフラッグもフィア様を困らせないでください! フィア様こう見えても私達の中で一番クローズ体質なの知って――」
「有り、かな」
「っ!?」
「……MZDが他の誰かを愛するまでは……、これは俺のものであってほしいと、そう、……思う、から」
「〜〜っ!! そんな謙虚なフィアちゃんも好――」
「勢いよく抱き着いてくるのはちょっと迷惑だけど」


 スライディングするかのようにMZDがフィアに抱き着こうとするも、察したフィアは一足先にソファーから浮かび上がり、一回転してからとんっとその背もたれへと足を浮かせた状態で立った。
 MZDは当然勢い無くせずエイダへと飛び掛かる形となるが、今度はフラッグがその頭を右手でぐわしっといい擬音を響かせながら掴み止め、間抜けにもMZDはまるで腕立て伏せでもするかのような形でソファーに横たわる。


「フラッグ、てめええええ」
「フィア様に避けられてエイダに抱き着く形になるのはご勘弁を」
「え、私は構いませんよ」
「エイダに抱き着いたが最後、膝枕を狙ってそのままサボりに入るのが目に見えているのでダメ!!」
「ちっ、ばれたか」


 上体を起こして体勢を戻したMZDが指を鳴らして悔しがる。
 フィアはその様子を空中で浮きながら足を組み、やれやれと肩を竦めた。小さな影神達はフラッグの肩から移動し、白と黒をくるくるとフィアの周囲で踊らせながら「あり」「ありー」と笑う。
 フィアはやがて白の影神をそっと掌の上に乗せると、その子供へと目を細めた視線を送る。


「『白』はお前が似合うよ」


 それはイレギュラーの存在の裏側。
 <第二世界>の黒影がフラッグなら、白影は誰か。
 二分化した影の存在を赦したのは――お母さん、貴方でしょうか。


「フィア様」
「ん?」
「どうか笑ってください」


 エイダが立ち上がり、MZDとフラッグのやり取りから抜け出す。
 素早くソファーの背に手をかけて横っ飛びして飛び越えるその行動に目を見張る。まるでやんちゃな子供のようだと思いながら、フィアは伸ばされたエイダの利き手である左手を見下ろした。


「いつかきっと貴方は『白』を好きになる。私が保証しますよ」


 億年先、彼はきっと白を纏う。
 知っている。――フラッグはエイダを攫うとずっとずっと心に決めているのだから。
 平行世界の神様になるのだとフラッグはフィアが産まれた頃から言っていたけれど、その目的が単純に『世界創造』ではなくなったのにはエイダの存在がある。
 フラッグは名無しの頃だった「幼神」に惹かれ、愛した。
 そしてその存在理由をこの世界では決して無くすことが出来ないから、<第三世界>を強く望み始め、その後の成長と言ったら相当なものであった。


―― いつかきっと貴方は『白』を好きになる。


 それはまるでまた、己の本名を思い出させるような言霊。
 フィアはやれやれと息を吐き出しながら差し出されている手にそっと利き手の左を乗せた。


「このムービーだと最後にどや顔するのは俺だけど……それは笑っているに分類されるのか」
「たまにはどや顔してすっきりしましょう。フラッグなんて今からどや顔するの楽しそうですよ」


 なんてカラフルな神様パレット。
 初めて四神が揃う映像は――そこにどんな色を染め上げるのか。


 左薬指に嵌る指輪は互いの恋人達から送られた大事な物。
 フィアが床へとトンっと足先をつければ、自分のものとエイダがフラッグから贈られた指輪が僅かにぶつかりカチンっと音を鳴らした。


「そうだな……。出来れば楽しそうな光景をずっと見ていたい」
「そこは出来れば交ざりましょうね」


 人嫌いで人前に出ない世界を旅する神様。
 そんな神様の補佐をして力を付けていく影神。
 彼らは顔を見合わせて人差し指を己の口にそっと当てる。
 MZDとその影達が言い争う姿を背にしながら、二人だけの会話の中で……こっそりと。


 やがてくる離別の時まで――四人の色が揃い、時に混ざりますようにと二人で笑った。





…Fin...


>> 神一家。

 ラピス神について考えた結果、こうなった。
 裏=黒神が定番だけど、ラピスは違う。じゃあ他の二人が担当? それも何か違うなーっとずーっと考え続けたら我が家では四人揃っていた。
 神様パレット。四神カラーで彩る世界もまた――きっと楽しいでしょう。

2019.07.15

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