メサリミ=黒神





 その者との対面はRimixムービーを収録するスタジオでも神域でもない彼――司祭ペペの住まう教会にて行われた。
 その場に影神を存在させることをMZDが許さず、外で待機させる形となったが、教会の扉越しであれば緊急時にすぐに駆け付けることが可能だ。ならば同席しているも同然であろうと、俺は左右に均等に別れた椅子の列の真ん中の道へと足を進ませて待ち人の元へと近寄った。


「はじめまして、かみさま!」


 司祭服を着たペンギンが俺の存在に声高らかに歓迎の言葉を告げると、今まで乗っていた台座から飛び降りて駆け寄ってくる。
 正面には大きな十字架。参拝客は当然居らず、二人だけの空間であるそこはぺたぺたと床を叩く彼の足音だけが可愛く響いた。


「かみさま、ぼくはずっとあなたにあいたかった! くろいかみさまってみんなはいうけれど、ぼくはずっとずっとあなたにあいたかったんだ」
「――俺に? MZDではなくて?」
「ぼくがあいたかったのはあなただけ」


 ペンギンの小さな両手で杖を挟み込み、彼は目を伏せる。
 次いでその丸い瞳が開かれれば彼は愛おしみの――博愛、慈愛と呼ばれる感情を乗せた色彩で俺を見つめてくれた。


「かみさま、ぼくがんばったよ。闇をいだく骨の同胞と道を別ってもなお、あなたのお母様に頼まれてあなたのための鎮魂歌をうたって祈りつづけたよ。あなたが完全に闇にのまれないように、パイプオルガンを鳴らし、ぼくのつくった音楽をかみさまだけにとどけたいと願いつづけたんだ」
「母さん……が。――っと、失礼。姿勢を変える」


 そう言うと俺は小さな司祭の前で両膝を折り、両手を組み合わせた。ずっと首を持ち上げ続けて俺を見てくれていた司祭ペペは少しだけ背伸びをし、俺の頭をその小さな手で優しく撫でる。
 ありがとう、と俺は小さな声で彼に伝えたら、彼は杖を振り回す勢いで両手を持ち上げて更に笑って話を続けてくれた。


「女神さまはとてもあなたを愛してた。『おびえないで、こわがらないで』の言霊をあなたにふらしたことをいとおしんでたよ。あのね、ぼくからみても女神さまはとても美しく優しい人だった。夫であるかみさまをあいし、こどもをあいし、あなたの兄弟でありかみさまの影であるかみさまをあいし、そしてこんな小さなぼくにもだいじな役割をくれたんだ」


 役割? と小首を傾げれば、司祭ペペは杖をタンっと床に鳴らしそしてゆっくりとその杖を左右に振って教会全体を示すように振り示す。
 瞬間――ステンドグラスが嵌め込まれた教会は光を得て、屋内を照らし出す。
 キラキラと輝き、極彩色のそれらは自分達の周囲を多彩な色に染め上げ、そして丁度自分達が位置する場所にのみ白の色彩が集まった。


「『ひかりあれ』」


 司祭ペペは笑う。
 杖を持ち上げた彼はやがてその先を俺の頭の上へとゆっくりと降ろし、そして触れる手前で止めた。


「女神さまはあなたの闇をしっていたから、光のみちをあゆめるように僕に祈りの力をくれたよ。とってもとっても力の弱い女神さまで声すら出せない人だったけれど、家族のための祈りは誰よりもつよくてまけなかった」
「母さんは、そういう人……だったから」
「だからかみさま。ぼく、ずっとずっと女神さまがたいせつにしていたあなたにあいたかったんだ!」


 何百年も頑張ったんだよ、と司祭ペペは両手を持ち上げながらぴょんぴょんとその場で飛び跳ねる。その様子は愛らしいという表現が似合うのだろう。
 俺はふっと身体中の力を抜いて目を伏せた。
 それなのに一点に集められた光は闇を内包する俺をなんて強く照らし出すのだろう。母たる女神の祈り、光の眷属である司祭の歌。込められる言霊の数々は俺のような神よりも清らかで眩しくて――。


「かみさま、あなたがゆるしてくれるならぼくはあなたのためのあたらしい音楽をこのせかいいっぱいに響きならすよ!」


 純粋無垢な司祭のその言葉を聞いて、俺はゆっくりと右手を持ち上げて口元を覆い隠す。
 MZDめ……と掌の奥で呟いて、俺と彼が二人きりで対面するよう仕組んだ彼を脳裏に浮かべては、やがてゆるりと瞼を持ち上げた。
 続いて立ち上がり、両手を左右に勢いよく突き出しそれを前面へと移動させてモニター展開を行う。
 水色の淡いそれに「きゃっ」と驚いた司祭ペペは思わず羽織っている布地を踏んでこけそうになるも、杖をついて踏ん張っている。
 だがモニターから流れる五線譜と教会へと響きだした音楽を聞けば彼は「ああ……」と涙を流し始めた。


 俺が担当する事となった『ミサ』のRimixは彼が言う骨ペンギンの末裔の曲。
 道を別ってしまった後もずっとこの教会にて俺が訪問するのを待っていてくれた彼に、同胞との共演の音楽を響かせよう。


「女神さま、ぼくがんばったよ。ほめてくれるかな。女神さま、ぼくずっとがんばってがんばって……やっとあなたが愛したかみさまにあえたんだ」
「お前は沢山頑張った。きっと俺はお前の祈りの音楽を心のどこかで聞いて、救われ続けていたに違いないから。だからって音楽を止めるなんて言ったら許さない、けど……」
「やめないよ! ぼく、音楽がすきなんだ」


 ふるふると身体中が感動であふれているらしい司祭ペペはやがてぐしぐしと涙を拭いとると、きゅっと唇を噛んで俺を見上げてきた。


「とどいた、とどいた! ぼくのいのり、ぼくのおんがく!」
「さあ、世界に響かせよう――この音楽はお前にも聞いてほしいから」


 手先をくいっと動かし、司祭ペペの身体をふわりと浮き上がらせる。
 もう怯える必要はないと互いの心の中で通じ合ったそれはやがて抱擁へと至った。彼を抱きしめた俺はなんて小さな体で祈り続けてくれたのだろうと思わずにはいられない。
 ペペは目を細めて微笑み、そして……。


「かみさま、やっとあなたをだきしめてあげられた!」


 この瞬間を待ち望んでいた司祭は、溢れる涙をそのままに俺の肩を激しく濡らしていった。





…Fin...



> メサリミ担当は黒神って話。

2019.07.26/修正:2019.08.17

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