ベラ+黒神+α
さて今宵は何を話そうか。
そうそう何百年か繰り返しているやり取り。その中でも笑える一説を教えてやろう。
「フィアレス」
「フィアでいい」
「フィアレス」
「……その名前はもういいんだ、ベラ」
そう言っていたのは幼き頃のオレ達。あの悲劇から少し経った頃の話である。
エイダと名付けられた影神に紅茶を差し出してもらいながらオレ達は互いに拘り続ける。
オレはピアノを四回、奴の名の音に合わせて叩いた。
「オレはその名前しか知らぬので、その名前しか呼べないな。フィアとは誰の事だ。逢ったこともない存在を呼ぶことはオレには出来ないさ」
「――四音の調べよりも二音を選びたい」
「だがお前さまは既にもう四音から逃げられまいよ」
運命さ、と説いてやると我が幼馴染は長い息を吐き出した。
甘い甘い紅茶の香り。影神から渡されたティーカップを素直に受け取って香りに鼻先を寄せればそれはアッサムティー。
「お前は」
「ん?」
「実は俺よりも頑固だろ」
「フィアレス――所詮この世は最初の言霊に縛られて動けぬものさ。俺が『偽十字』として固定されてしまったように」
ポロン、とまたグランドピアノを鳴らす。
喉で笑ってやればフィアレスは肩を竦めて己もまたカップに口付けて飲む音が聞こえた。
「あ、ノーヴァが来る気配」
「……」
「ベラがそうやってノーヴァに音を聞かせたくないとピアノから手を外すのも運命か?」
「ただの嫌がらせだ。ヤツはオレが音を奏でていると喜ぶからな」
「お前達も変わらない。対の存在のくせに、対であるがゆえに互いを意識しすぎる」
「フィアレス……」
「けれども、……きっと遠い未来で俺達は変わるんだろう」
神の目には何が見えているのか。
どこか遠くを見つめるような気配にオレはやっぱり四音を奏で、ふっと口元を緩めた。
音が変調しても、変わらぬものが此処には在った。
世界を旅する神様は時折オレの元へと訪ねてきて、多くの経験を語ってくれるがオレ達の関係は未だに変調の兆しが見えない。
それが心地よい。
闇を纏っても、闇と存在し続けることが出来ると――教えてくれたのはお前さまだぞ。
「フィアレス」
「フィアでいい」
「フィアレス」
「……本当にその呼び名はもういいんだが」
繰り返されるこの問答を続けるのも何百回目か。
やがて時が来て、お前さまの肩の荷が下りた時には素直にオレからの言葉を受け取ってくれるだろうか。それともなおも拘り続けて二音を選び続けるだろうか。
はてさて、未来とは見えぬからこそ面白い。
「あー、ベラがもう演奏を止めてる!!」
「来たな、うざい本物さま」
「気配を消して近付いても君は何で察しちゃうかな。あ、エイダさんお茶有難うございます」
いえいえと影神姿のままでエイダが奴にもカップを差し出した。お茶を飲みながらベラがピアノまで寄ってくる気配。俺は鍵盤に蓋をしてその上に肘を付いてヤツから顔を反らした。
この関係が変わるのか、それとも誰かが認識を変えるのか。
生まれた頃にはオレに纏わりついていた悪意。
生まれた頃に闇を払拭しようと名付けられた神の子の名前。
「フィアレス」
「……」
「それでもお前さまの名を呼ぶオレの声を心から拒みはしない事が真実さ」
嫌なら口封じでもなんでもすればいいだろうと指先を一本立てて振って笑えば、「相変わらず二人で通じ合ってるなんてずるいね」と背後から耳元でささやくノーヴァにオレは肘鉄を喰らわせることにした。
…Fin...
> 現在軸ノヴァ黒神幼馴染。
ベラは黒神の事を絶対に略して呼ばないよっていうお話。
2019.08.11