君を喜ばせたいんだ。
 笑っていてね。
 僕の傍で、見ていて。
 君の為なら何でも出来る――例え『悪魔』と呼ばれるようになったって。


Mobius holic





「んー……」


 神域に建てられた住居の一角。
 仕事部屋にて創造神であるMZDはペンの背を顎に当てながら何度か唸る。手に持っているのは言葉の欠片。祈り・願いの集合体。それを紙の形へと変化させた彼は浮き上がってきた言葉の数々に目を通してため息を吐き出した。
 彼の後ろには小さな名のない白黒の後継者二人を連れた影神が一人。ゆらめく身体を漂わせながらひょいっと顔をのぞかせて同じく文字に目を通しては可笑しいと嗤った。


 要約すると紙の内容はこうである。
 誰も『名の知らぬ者』がいたずらを繰り返す。最初こそは物を移動させて困らせる程度の子供の無邪気ないたずらであったが、次第にそれは過大化し今となっては光の眷属も闇の眷属も<小さき者>も区別せず危害を与えるようになった。
 仲の良い者の間に姿を現さないように添い、会話をしている最中に喧嘩を仕向けるように声色を真似て囁き、疑心を抱かせて争いを起こす。
 占いを得意とするその者は『まともな占術者』のふりをし、結果をわざと悪い方向へ向け、出た結果を本物へと変える。
 例えば愛する者の死。
 権力からの脱落。
 病気の蔓延。
 既に『名も無き者』は『悪魔』であると判断した者達は占術者を恐れるようになった。


 しかし『占術者』である『悪魔』に固定の姿はなく、更に占いだけがいたずらのきっかけではないことから神々の眷属も闇の眷属も頭を悩ませている。
 <小さき者>――人間と呼ばれる種族など抵抗の意識を浮かばせる余裕すらない。数も一番多い彼らは『悪魔』の格好のいたずら対象だ。


「流石にこれはなぁ……」


 はてさて。
 この世界において最高権力を持つ少年――創世神はどう判断するか。
 影神の肩に乗る白黒の幼い影達に「彼の仕事を見ているんだよ」と告げると同時に創世神、MZDと呼ばれる神は目の前に空間を開く。左から右へと滑らせて僅かに捻じ曲げた時間軸をそのサングラス越しに眺め見た。
 椅子の手すりに肘を引っ掛け、手の甲に顎を乗せて僅かに首を傾ける。
 先にある姿は未だ見た覚えのない『名も無き者』……皆が頭を困らせている『悪魔』であるが、その姿は幼い少年であった。


 僅かに見えた先の未来。
 塔の上から世界を見下ろして嗤っている『悪魔』の姿。
 本当にどこにでもいそうな幼い少年の姿をしている。髪の毛は灰を有し、綺麗に前髪が切り揃えられている様子は清潔感を感じさせ、顔立ちも悪くない。道化をモチーフとしているのか、ピエロを思わせる黒・茶・水色を埋め込まれた奇抜な衣装は血を浴びており変色していた。
 彼の物ではないことはすぐに察する事が出来た。
 何故なら彼の足元には今にも命尽きようとした甲冑姿の兵士が倒れ込んでいたからだ。


 度を越したいたずらによって起きた戦争。
 仕組まれた『運命』。それを変えようとした兵士の『制裁』すらなじる悪魔の表情は愉悦に浸るばかり。
 唇が同じ単語を繰り返す。
 『君よ』『君よ』と歌う悪魔。
 その指先には逆さまの『正義』のタロットが挟み込まれており、彼はそれを塔の上からゆっくりと地面へと差し落とした。
 逆位置の『正義』――罪、不正、均衡が崩れなどを意味するカード。
 倒れ重なる人々の山。その頂点にてカードは死骸の髪に一瞬刺さった。やはり逆位置であったそれに悪魔は嘲笑っている。


―― IF……にしては『異常』ですね。
「お、IFに気付くようになったか」
―― 歪みが見えます。これは、干渉の気配ですね……。
「俺にとってもお前にとっても懐かしいと思わないか」


 「ゆがみ?」「かんしょう?」「えむえむ」「ふらっぐ」「みえない」「わからない」と愛らしい声なき声で子供達は歪んだ景色をもっとよく見ようとするが、MZDがそれを消した。


「お前達にはまだ早い」
―― えむえむのばかー!
―― ばかー!
「フラッグ、ハテナ達の保護者としてもうちょっと愛らしく育てろよ」
―― いえいえ、素直にのびのび育ってくれてますよ。
「こいつらはいずれお前とエイダと交代するんだぞ。その時に面倒な性格に育っていたらどうするんだよ。仕事放棄とかマジで勘弁」
―― 仕事をしないどこかの神が仕事をするようになりますかねぇ。


 今日も今日とて彼らの関係は対等。
 MZDは片割れである影神もといフラッグと呼ばれる影を睨み上げ、フラッグは僅かに喉を鳴らした。
 だが次の瞬間にはその表情を引き締め、ため息を吐き出す。MZDと共に感じた波長。あれは自分達にとっては切っても切り離せない『運命』の欠片だ。


「<第一世界>の気配。ああ、懐かしい我が故郷!」
―― お爺様達は気付いてるんでしょうかね。
「気付いてるだろうが今回はこちら側からの歪みだし、それに……」
―― それに?
「奴等にとって『呼ばなければ手を出さない』が鉄則だ」


 どれだけ神が手を伸ばしたいと願っても。
 どれだけ神から見てぼろぼろになった子供であっても。
 当人が神の助けを望まなければ『山羊』を救うことは彼らには出来ないのだ。


 <第一世界>。
 幾度も崩壊と創世を繰り返した世界は今やっと一つの世界を育てており、神々の系譜を広げているが――この『異常』には決して手を伸ばさないだろう。
 何故なら問題の『悪魔』は神の救いを望んではいない。むしろ邪魔だと思う存在だ。


 <第二世界>。
 破壊を繰り返し続けた『少年』が『悪魔』と逃走した先の世界。
 これが此処。我らが愛すべき世界。音を集める『音神』となった少年は『影』を従えて悠々と生きているが、決して楽しい事だけじゃなかった。悲しい事も、辛い事も、身を裂かれるような痛みも経験して辿り着いた時間軸。


「フラッグ、元『悪魔』としてはこの所業をどう思う」
―― 俺がしてきたことに比べたらあんなもの可愛い悪戯。
「はっはっは! 流石、闇の王! <第一世界>の観測者! どうせあの悪魔の正体をお前は知っているんだろう。根源を見てきているんだろう。――なら、どう対応すればいいのか分かるな?」
―― ほら、そうやって仕事を押し付ける。
「第一を辿り、第二を過ごし、やがて超えていく<第三世界>の創世神たるお前にはピッタリな案件だ」


 フラッグは肩を竦め、もっともらしい言葉を吐きだす神を見下げる。
 だがその両手、人差し指と中指を伸ばし四角い形を生み出しその先を眺め見る。己が生み出した<第三世界>を垣間見てはそこに存在する『少年』を確認した。
 先ほど見た悪魔よりも幼い、穏やかな表情でタロットを捲る我が子。
 その状態を目測し、くりっと触れ合わせた指先を崩せば消える世界。


―― MZD、担当するなら条件があります。
「まあ、言い出すだろうと思ってた」


 さあ、始まりだ。
 始まりと終わりのループを届けに行こう。
 神々が世界構成上においてエラー判定、『異常』であることを認めたのだから、ジジジ……と鳴るエラー音の原因を探しに『悪魔』の元へと行こうか。



+++++



「『君』と一緒に居られる時間が楽しいな」
「『僕』もだよ。僕も君と一緒に居られる時間が楽しい」
「ねえ、昨日も君と一緒に占った結果を反映させてみたんだ。砂漠に雨を多く降らしてみたんだ。でもあれは喜ばれてしまった」
「嬉しいな。僕と君の占いの結果だもの。それがどんなものであれ、君が僕の為にしてくれること全てが嬉しいよ」
「本当?」
「本当さ」


 子供達がタロットカードを床で交ぜながら語り合う。
 そこは子供部屋であった。天上のない二人きりの箱庭。夜空の下、どこから釣られているのか分からないが飾られた偽物の星やお月様、太陽。
 壁に描かれているのは隠者、天秤と刀……タロットモチーフの部屋は彼らの安住の住処であった。
 此処は塔の最上階。屋上と言っても過言ではない。


 しゃらり……と編まれた髪の毛が揺れる。
 二人同じように三つ編みにした髪の毛が肩から前へと垂れ下げる。長さは腰より先――足先を超えて伸びて、その成長すら全く同じ。
 僕と言う彼は左肩から前へ。
 君と呼ばれた彼も同じ。
 対面した彼らの髪の毛は手先を擽ってまるで蛇のようだ。


「僕は君に触れたい」
「僕も」
「君に触れたい」
「うん」


 同時に両手を持ち上げて両手を重ね合わせる。
 だが顔の丁度真横の高さまで上がったそれは見えない壁に阻まれ、互いの肌に触れあうことはなかった。二人を拒絶するのは何の境界線?
 『僕と君』。
 この世界で目覚め、二人が出会った時には既に張られていたラインは未だかつて破られたことが無い。唯一タロットを交ぜている時だけは交差することが赦された。
 口付け合う熱すら阻まれ分からないけれど、彼らはきっと同じ熱なんだろうと笑った。


 彼らの世界は閉ざされていた。
 物理的には解放された世界であるというのに、確実に閉ざされつつあった。それでも二人は良いんだと。互いだけいればいいんだと約束の指輪も誓いの言葉も交わし合わなかったけれど、心は同一であった。
 三つ編みの長さを比べる事すら愚問。前に垂れたそれを後方へと払って灰色のラインが対照的に伸びていく様子が愛おしいと……二人の『僕と君』は目元を細めた。


 さあ、今日も占おう。
 君が喜んでくれるなら、僕は何度でも繰り返すから。


「良い結果も悪い結果も僕らにとっては遊びの一つ。君が望んでくれるなら、それが最上の幸せなんだぜ」
「僕の幸せを汲んでくれる君が心から愛おしい。でも大丈夫かい? 君は『悪魔』と呼ばれてしまっているんだろう」
「君のためなら『悪魔』と呼ばれても!」


 そういってカードを一枚捲り、対面の君へと差し出す。
 さあ、これを本物へと変えよう。
 朝がやって来て目が覚めたら、このいたずらを実行して君を喜ばせるために僕は駆けて行こう。
 目が覚めたら。
 ……目が、覚めたら――?


「――っと!! 失礼するぜ!」
「「!?」」


 切り裂かれた空間。
 斜めに割ったそれが閉じる前に上下に無理やりこじ開けられてやってきたのは紫と黒の色調を全体に纏った鎌を持つ青年。にぃっと持ち上げられて奇妙な笑みを浮かべる相手に子供達が異常なまでに動揺を示した。
 何故なら子供部屋は『精神世界』とほぼ同義の世界だ。
 今となっては『悪魔』と呼ばれてしまった少年が、その力を使って生み出した二人だけの世界に訪問者がやってくる事など有り得ない。


 だが事実、現れてしまった。


「第一布陣――攻」


 何者かと問う言葉すら許さない速度で訪問者は己が持つ鎌をくるりと地面に向けると床を蹴って速度を上げた。
 二人は咄嗟に浮かせたタロットに線を結んで壁を創るが、そのタロットを突くように小刻みな攻撃が襲う。本来の鎌の使い方よりも細かな使用方法に目を大きく見張り、けれども陣を崩させてなるものかと更にカードを出現させて壁を強化させる。


「第二布陣――圧」


 しゅっと彼の横を飛び出したのは『相方』。
 バウムと呼ばれる闇の眷属である小人が『壁』であるタロットカードを踏んだ後に、その後方へと回った。その小さな体躯を活かして背後を取った彼は床に流れる対の髪の毛、その一方を掴むと勢いよく引っ張りそのまま勢いよく倒した。
 後方に両手が流れるように舞う。
 止めて、ともう一方の彼の声が舞う。
 だがバウムの鎌は既に首に引っかかっており、近付くなと牽制する。


「甘いよなぁ。強力な能力者持ちに一人で対応するなんて真似……あー、するか。でも今度遊んであげるって言ったし、チャンスだったしいいや」
「殺スカ?」


 バウムはいつでも出来るぞと見せつけるように捕らえたばかりの獲物の首に刃先を僅かに沿わせ、血の筋を描く。
 許可があれば彼は慈悲など浮かばせぬまま切断することは誰が見ても容易に想像がついた。纏う空気がそれを証明する。この場所に存在する彼らの誰もが『闇の眷属』である故に察する事が簡単過ぎた。


「――やっと来たね」


 だが、囚われの身であるはずの少年が口を開く。
 瞳は怯えを全く乗せておらず、むしろ恍惚な表情を浮かばせていた。鎌に傷付けられることを恐れることなく、両手を頬へと当てて「ああ」と紅潮する肌。興奮の感情を露わにし、悦に浸る彼を皆が見ていた。


「そう、こんな未来を待っていたんだ!」
「……君には未来が見えていたの?」
「知っていたよ。『僕』の居る世界は『君』のいる世界と何百年もずれているようだから」


 だから、と。
 そう口を開いた瞬間、バウムの足から円陣が光る。それは共鳴するように対である青年の足元へも開いた。そして勢いよく陣から刃となるタロットカードが出現すると容赦なく二人を切り裂いていく。青年――ダークオペラを担当した時の格好をしたフラッグも反射的に両手を顔の前に置くが、服を、肌を裂く感覚は止められなかった。
 そして囚われの少年は鎌が浮き上がる瞬間顎を引き、弾き飛んだそれを面白おかしく見届けながらも床に手を添えて立ち上がると同時に距離を開く。
 やがて落ち着きを取り戻した様子で両手にタロットカードを出現させた彼は、左から右へとそれを遊ばせる。


「『僕』は無傷だよ、大丈夫だよ。首の傷なんて些細なことさ」
「『君』……」


 ゆらゆらと背中で生き物のように三つ編みが揺れる。
 床を擦るほどに長いそれを二人で笑いあって過ごした日々。初めて出会った時から『僕ら同じだね』と両手を組み合わせて生きていた日々。


 だが同じではなかった?
 同じではなくて――『僕』の知らない『君』は未来をみていた……?
 もう一人の少年はこの絶望にも、裏切りにも似た感情を何に例えていいのか分からず混乱を起こす。


 そしてそれをチャンスと見たのは神の使い。


「『ラプンツェル』」
「――呼ぶな」
「お前が存在する世界――<第一世界>の観測者だった俺が『君』の本名を知らねぇわけがないだろ。魔女に攫われて塔に囚われた魔力の強すぎた子。最終的に魔法を教えてくれた魔女を苦痛からの解放として殺したお前は童話のような結末じゃなかったが」
「呼ぶな!」
「助けてくれる王子の居ないお前は塔の上で『僕と君』の世界で生きたままなんだろう!」
「っ――このっ」


 もう一度、とタロットを呼び出すために少年は手を前に突き出す。
 悲しい。辛い。寂しい。だから、傍にいる存在を求めたのに、と先ほどとは正反対の表情を浮かべた少年に、<第二世界>の『君』は何を感じたのか。
 囚われの『ラプンツェル』=『無知の子』が二人存在した事の意味を――さあ、解き明かそう。


「ほい、第三布陣――縛」
「――ッ!」
「あー、ったくよぉ。俺を呼びつけるならもう少し早めにしてくんない?」


 悠々と立っていた少年の背後に現れたのはまた別の青年。
 白い髪に焦げた肌の色、身体に巻き付けられた包帯。先ほどタロットカードで傷付けた相手と似て異なる存在である彼は、包帯を『君』と呼ばれていた少年の足に巻き付けるとそのまま天井の月に引っ掛けて釣り上げた。
 人一人分の重みを得た月はぎしぎしと音鳴りを起こす。
 そのまま包帯を顔以外の身体全体に巻き付けて拘束すると芋虫の出来上がり。


 次いで少年は静かに姿を、正しくは纏わせていた色を変えていく。
 闇や夜のような髪色、白陶磁を思わせるそれを主軸としマゼンダを加えた服の色。面立ちこそ全く同一であるというのに、色彩が別たれた瞬間に彼らは『同一』ではなくなってしまった。


「よぉ、来てくれてなにより」
「……」
「怒ってんのか」
「怒ってないとでも?」
「口調変わってんもんなー。やっべぇって思ってるけど、仕方ねえじゃん」
「お互い様だろうが、くそが」
「温厚な神様のそんな姿が見たら主が泣くぜ」
「どうせフィア様は俺の好きにさせてくれるから問題ねぇし」
「怒ってる原因は?」
「あ? 判ってて聞いてるだろ」
「俺が傷付けられたからだって言えよ。今日も愛してるぜ、エイダ」
「俺もだよ」


 言いつつももう一人少年が残っていることから次の攻撃の手が来ることを警戒する。
 だが、この世界で産まれた少年は茫然自失とした表情で釣り上げられた相手を見ていた。つー……と静かに涙が零れていく。ただただ目端から溢れたそれは一筋だけ顎へと至ると、すぐに乾いてしまったが。


 ジジジ……と汚らしい音が釣り上げられた少年から聞こえる。
 ノイズが掛かった壊れたラジオのようなそれ。波長が合っていない時の不協和音が耳に届いて不快さに神二人は顔を歪めた。


 やがて現れたのは『媒介者』。
 漆黒を身に纏った神であった。


「『名無し神』……媒介はお前か」
「やあ、お兄様。今日は相方をつれて登場したんだね。やあ、兄弟。今日は相方とはお別れかい? 釣り上げられた男は『僕』となったがどうやら満足そうだ」


 釣り下げられた逆さまの状況から一変。
 束縛された状況など何の苦にもならぬと彼は『剥がれ』落ちる。真っ黒な体に服、水色のラインだけが彼に赦された色彩。
 生まれた頃から名付けを拒み、固定されぬ自由を得ている神は気ままに世界渡りをする。<第一世界>も生まれ故郷の<第二世界>も――未だ神の存在しない<第三世界>ですら、だ。
 容姿という点でいうのであれば平行世界を含めた多くの兄弟達と似てはいるが、彼だけは特殊であった。
 彼だけは『名前が無い』という一点においてイレギュラーであった。


 釣り上げられたままの『少年』は黙する。
 長くて黒い髪の毛が項を露わにし、後頭部付近を引っ張りながら垂れ下げる。黙してしまった少年は瞼を伏せ、そして世界を閉じた。
 闇を吸い上げた少年。
 ふふっと笑ったのは誰か。


 『名無し神』『祈られ神』『祈り神』。
 名前を有しない漆黒の闇の神は沢山の偽称を持つ。だがそのどれもが彼にはなり得ない。束縛されない自由さはMZDを筆頭とした創世神に連なる神々には有せないもの。それを羨ましいと思う反面、「呼ぶ名は悲しい」と呟く神もいるけれど。


「ああ、ああ!! 折角逢わせてあげた『お友達』であったのに残念。ねえ、父よ。ねえ、母よ。『IF』は当然『IF』たる存在でしかないが、それでもこれらは異常事態であることを貴方方も知ったのだね。僕も同じだと思ったよ。<第一世界>にて偶然出会った僕を『君』と呼ぶ、彼の姿に! ……望まれた『僕』は『君』となり、この世界の『僕』の傍に寄せられてしまった。なんて強制力! なんて想像力! 魔女から譲り受けた力は世間では『悪魔』と呼ばれてしまったが、道を違えなければ彼は『賢者』になり得るほどの潜在能力の高さを持ち得ていたというのに。――さあさあ、<第一世界>の『僕』が望んだ舞台は揃った。これより先は全てを死神たるお兄様に捧げよう」


 『お喋り神』と呼ぶ者も居たなと神二人は舌打ちをする。
 フラッグは傷付いたバウムを空間転移で引き寄せ、負った傷を癒していく。だが、バウムは己が傷付けられたことに対して怒りを湧かせ、今にも吊るされた少年の元へと駆け出しそうだ。そんな彼の耳へとフラッグは次の対応を囁くと、バウムはにぃっと唇で孤を描いた


「この世界は創世神たる『お父様』こそが理だ。さあ、行くがいい。在るべき姿へと――望むべき姿へと!」


 そう言って名無し神は一枚のタロットを天へと投げる。
 闇が消えると同時に偽物の月を追い越していくそれはひらひらと浮いて――。


「第四布陣――斬」
「第五布陣――引力」


 バウムが飛び上がり、鎌を薙ぎ払う。
 狙うのは髪の毛、そして釣り下げ用に使った包帯。切られた瞬間、黒髪の『少年』が引き寄せられる。それは地面ではなく空へ。天へ。
 指先を空に向けたのは審判者である焦げた肌を持つ神。重力を無視し天空のタロットの中に吸い込まれていく様子を全員が見ていた。


 やがてバウムが切り取ったばかりの髪の毛を片手に持って戻ってくる。
 遊び相手であるフラッグへと手渡せば黒みを帯びたそこには大量の魔力が詰め込まれている事が感知出来る。塔の中の囚人の力の源は此処だと理解すれば彼はそれを白髪の青年――ピラミッドリミックスの格好をしたエイダへと放り投げた。
 受け取った彼はふっと息を吹きかけ、それに橙色の焔尾を巻きつかせると灰へと帰した。


 ひらりひらり。
 落ちてくるカード。指先に挟めばそこには『0』記号と陽気な『愚者』の姿が逆位置で存在する。
 『愚者』の逆位置。
 夢想、愚行、無計画、無謀。
 現実逃避を意味するそのカードは非常に正しく現状を示す。


「エイダ。『見えない友達』……イマジナリーフレンドって知っているか」
「あ?」
「主に幼少期に存在する空想の人物のことだ。本人以外には見えず、傍目から見たらひとり遊びをしているかのようにも見えるが、当人にとっては『存在する友人』のことをそう称するヤツ」
「知識としては知ってるけどそれがどうしたよ」
「本人が生み出したパターンと、本人が望まぬ状況で産み出したパターンがある。後者の場合は自問自答の相手として――自己嫌悪の対象として」
「こいつらは仲良さそうだったが?」
「だが、世界を超えて『互いに互いをイマジナリーフレンド』として存在させたパターンはほぼないんじゃねえかな」
「ああ、それでイマジナリーフレンド――略式の『IF』と父も名無し神も言ったわけだ。【もしも】の意味ではなく、そのものの意味で」
「くく、まったくもってその通り! 奴らは言葉遊びをいつだって俺達に試練として課してくる」
「うあー……面倒くせぇ」


 白い髪の毛を惜しげもなくかき乱しながらエイダは声を吐く。
 ああ、メビウスのような<二つの世界>が嘲笑う。捻じれた輪はスタート地点に指を添えて世界を巡るが、やがて同じ位置に戻ってくる。しかしその上下は異なり、『運命の輪』はそれを理として固定しているのだ。


「ふふ、く……あははは!」


 笑い出す残された少年。
 捻じれ、歪んだ精神構造。
 強すぎた願いは神を引き寄せてその力を媒介として<第一世界>を飛び越え、<第二世界>の『僕と君』の世界に縁を繋いだ。
 幼い子供――全くの同一である『君』を見つけた瞬間、逃がすまいと括りつけた縄。鏡面のような行動を起こすあの漆黒の神を利用し、二人で過ごした日々。


 触れられないのは当然だ。
 そこには『存在していない』のだから。
 『君』にどれだけ恋焦がれても、どれだけ喜ばせても、どれだけ傍にいても――物理的な世界線だけは超えられなかった。


「まさか本当に『僕』こそが『君』だったなんて!」


 <第二世界>の少年が歓喜の声を上げる。
 この世界の神々が制するべき対象は絶望から這い上がり、今しがた目の前で行われた制裁を心から悦んだ。
 世界線こそ超えられなかったけれど、『君』は存在しているのだ。
 妄想だけではなく、想像の存在ではなく――恍惚な表情を浮かべるその表情は先ほどバウムに囚われた瞬間に<第一世界>の少年が浮かべていたもの、そのものだった。


 気付いていた。
 知っていた。
 これが『一人遊び』であることはタロットが教えてくれていた。
 塔の囚人になった時から魔女は己の髪の毛に魔力を溜めるよう告げ、伸ばし続けた縄のようなそれを僕は愛し続けた。
 魔女が僕の能力の高さに絶望して自死を図った直前に現れた『君』。魔女を殺した凶器は愛。狂気的な愛。魔女の運命を見た『僕』の無垢な愛。


「『ああ、理想は此処に在る。私の至高の存在。未来を確実に見通す美しき瞳を持つ賢者。とうとう親は魔女に怯えてお前を迎えには来なかったが、私はお前を愛し続けよう――永遠に愛してるよ、ラプンツェル』」


 フラッグが誰かの言葉をなぞる。
 鎌を片手に、それを肩にとんとんっと当てながら最後の一音まで発した。


「……お母さん、僕は本当の父母など知らない。それでも僕が貴方の病魔に侵されていく姿を見たくはなかった。それを告げる事で貴女を殺してしまったのだとしても!!」


 灰色の三つ編みを引き寄せて少年は返答した。
 既に聞く相手などいないが、彼はぽつりぽつりと音を零すのだ。嗤いながらも未来を見たその瞳は涙色に満ち溢れ、両手を高く空へと上げて叫ぶ。
 魔女は察していた。病を察していた。
 そして子は純粋無垢な心のままに不治なる病の名を告げてしまったのだ。


「さあ、裁きのお時間だ」


 己が呼ばれた理由。
 <第三世界>に携わる者への試練。
 天秤と短剣を両手に裁判を行うためエイダは近寄る。包帯を巻いた身体がかさかさと物音を立てた。


 だがその足先に滑らされる一枚のタロット。
 少年からの贈り物をスニーカーで踏んで止めればそれは『死神』。


 正位置では強制終了、中止、破局、終焉、停止とマイナス要素を意味するそれは、逆位置では再生、再スタート、起死回生、新展開と真逆の意味を持つ。
 再生と逆再生を司る神はそのカードをざりっと踏みにじると首を軽く傾げ、口端を持ち上げた。


「お前が俺の『役割』を見抜いたのは褒めてやるよ。だが、俺は占いの結果に左右されない神なんでな」
「今日はキノコシチューでも作ってやろうか」
「食べ物で釣られねえぞ」
「それでも食べる癖に――機嫌直せって。あとが面倒だ」
「俺の恋人様は機嫌取りに必死かよ」
「ベッドの上でストレス発散されるのは勘弁だ」
「いーじゃん。愛だろ」
「お前の愛は色んな意味で重いんだよ!」
「そりゃ、お互い様だ」


 フラッグが鎌を片手に額に手を当てる。
 ハンドカバーを付けたまま項垂れる様子に、くくっと数回喉を鳴らしたのは裁判人のエイダだった。


「改めて審判を開始しよう。俺の天秤にその心臓を乗せ、もう一つの秤には真実の羽を――」
「不要だ」
「んあ?」
「裁き? そんなもの不要。そもそもそんな選択は取捨でしかない。再生と逆再生を司る神よ。お前に他者を裁く度胸が本当にあんのかい? ――さあ、分かったなら『僕』のための『君』を返してくれ」


 青筋が浮きそうになる言葉に「あー……」とフラッグが脱力する。
 小人もといバウムが「殺スカ? 捌クカ?」と期待の眼差しを向けてくるが、「出番はないよ」とその頭をぐりぐりと撫でて制した。


 『君』よ、『君』よ。
 『愚者』として封じられたタロットがエイダの手から少年の手へと渡れば、彼は小さな紙きれとなってしまったそれを見下げ、そして手の中で絵姿が『僕と君』が見つめ合う『恋人』へと変化するのを見た。


「『君』は僕に何を望んでたの?」


 伝う涙はカードを濡らし、正位置の『魔術師』に変化した絵を溺れさせる。
 ああ、君よ。それこそが望みであるのであれば迷うことはない。
 愚者、恋人、魔術師。


「『僕』が『君』であるのなら、同じように罪と罰を!!」


 そう願った瞬間に絵柄が『運命の輪』に切り替わる。
 その意味は正位置でも、逆位置でも構わない。
 メビウスの輪のような僕らが再び出会い、今度こそ触れられる未来を得るために『愚かな僕』は<世界>を渡ろう。



+++++



 <第二世界>の少年は自ら美しき灰色の髪を切った。
 伸ばし続けていた髪の毛はあっけなく落ちて、燃やされる。その焔……まるで炎の尾のような光景を神々と見ていた。
 賢者になり損ねた『悪魔』は母たる魔女の理想ではなかったが、IFの未来を得ることが出来たと自嘲する。


 次いで仮面の装着を約束させられた。
 真実を見抜く目を他人から見えぬようにし、もしも度の超えたいたずらを発生させた場合は容赦なく脳にダメージを与え精神崩壊を起こし、更に身体を砂に変えるだろうと。


「ああ、それで構わない」
「構わない。それで『君』と共に在れるのであれば」


 タロットから召喚されたのは<第一世界>の悪魔。
 黒い髪の毛を有した未来を見続けてしまった『君』と呼ばれる少年は、歓喜の声をあげる。
 二人は今神々の前で選択を強いられ、人に構われることが大好きな悪魔達は躊躇なく美しい瞳を仮面の下へと覆い隠すと誓った。
 全てを見通すことが出来た……母たる魔女が愛した瞳。魔力の源であった髪の毛を失った今、瞳だけでは見抜くには劣る。
 だがタロットに宿ったもう一人――『君』が居れば問題ない。頭の中ですべてが展開される世界に仮面など罰にもならないのさと。


「<第一世界>に行く時、君は漆黒の髪を有す」
「逆に<第一世界>に彼を召喚する時、このように『君』は黒髪の自分と出会わなきゃならない」
「もはや同じ色を所有出来ないお前達は区別されるんだよ」


 天秤をしまい込んだ裁判官と裁きの死神が共に仮面を手に近寄る。
 だがその前に、と二人同時に最後の望みを口にした。


 両手を噛み合わせ、初めて触れる喜び。
 唇を重ね合わせ、初めて感じる熱の悦び。
 額を合わせて微笑み合って幸せを得る――ひと時の綻び。


「これで永遠だ」


 『僕』と『君』を繋ぐのは神が数字を刻み込んだタロット。
 そこに封じられる事を望むこと――これが『愚かな僕の末路』だというのであれば互いに互いの『逆位置の愚者』でいい。



+++++



 噂が流れていた。
 <第一世界>でも。
 <第二世界>でも。
 「占った事が本当になる呪いのタロット」を所持した悪魔がいるという噂が流れている。所持者は魔法をつかっていたずらをしていたらタロットに閉じ込められた悪魔 で、そのタロットに描かれている姿は『悪魔自身』なのだという。
 だがいかにしてカードに封じられた悪魔が占うのか。
 それは出逢ってみなければ分からない。


 運よく出会えた者は悪魔の唇が同じ単語を繰り返す事を最初に知る。
 『君よ』『君よ』と歌う悪魔。
 まるでタロットを恋人のように愛おしむその様子に占いを願った者は「ほぅ……」とため息を吐き出す。仮面をつけた占術師の姿に心惹かれるのは相手が悪魔ゆえか。
 本人はそんな事などどうでも良いかのようにタロットを交ぜて結果を突き付ける。
 殆どの場合は悪い結果ばかりだが、稀に良い結果も引き当てては悪魔は嗤った。


―― さあ、『LOOF』。この結果も本物にしよう!


 構われるのが大好きな悪魔はタロットの中からの声に頷く。
 現状に満足している『二人』は道化でありながらも、賢者のような魔法を時折世界に振り落とし遊び続ける。


 髪の毛を喪い、安全な子供部屋もとい塔の上から突き落とされた結末。
 仮面によって素顔を隠す彼らはまるでラプンツェルの物語のようだと皮肉の言葉を吐きだしながらも二人で生きる。


「『FOOL』、出てきて」
「はははは、君よ。君よ。逆位置の『僕』よ。今日も愛してるよ」


 タロットが光り、召喚された少年は漆黒の切り揃えられた前髪と後髪を風に揺らし愛を告げる。
 子供部屋で遊んでいた二人は既に「見えない友達=イマジナリーフレンド」を超えて交流し合う。身を寄せ合って触れ合って、互いの世界を大切にし続けることを選んだ。
 そしてそれを『神』は赦した。
 「IF」と共にある未来を赦した。


 互いに互いを『LOOF/ルーフ』『FOOL/フール』と名付け、正位置と逆位置を意味づけて呼び付けあう交流方法。
 互いの世界で裏側の色を有した彼らは相変わらずいたずらこそするが以前よりも大人しくなり、そして産まれたのが――「占った事が本当になる呪いのタロット」の真実である。


 モニターの向こうで創世神がそんな彼らを見やる。
 注がれた紅茶に口を付けつつ手先から時間軸を歪ませ垣間見れば、あの血塗れた戦争は消え去っていた。


「んー……」
―― 何か不満で?
「いや、不満はないんだけどよぉ。……あ、お前あの後腰大丈夫だったか?」
―― ぶっ!!
「エイダ怒ると怖いもんなぁ。俺も何度怒られて椅子に縛り付けられたものか」
―― それはMZDが仕事しないせい。
「知ってる。で?」
―― ひっくり返されるのは勘弁なので泣かせました。
「やだー、さすが元悪魔ー! いじめ格好悪い」
―― どう答えてもからかってくる癖に!!
「俺とお前の仲じゃん」
―― もうやだ、こんな主。


 おりゃ、とMZDの頭の上に持っていた紙束を乗せる。
 ぐぎっと嫌な音を鳴らしたMZDの首はあえて無視。無視しないと煩い。やがてMZDは乗せられた紙束を受け取ると、そこに記載されている文字に目を通してはため息を吐いた。


「あいつらのアレを名付けるならこうかねぇ」


 ―― 表裏一体型依存症Mobius holic ――


 あのイマジネーションの強さは惜しい。
 今度曲でも作らないかと誘いに行こうと、MZDは残った紅茶を一気に煽り飲んだ。





…Fin...


>> 過去ルーフ+ダクオペ青神ピラリミ橙神+闇神。

 1P×2P×1Pのルフルフ世界。
 最初垣間見た『もしもの未来』で後ろ髪を描写しなかったのはわざとです。
 「Fate No.23」を叩き、聞いた時点での二人。
 私は『君』=ルーフ本人説を推す。

 ルーフのムービーでのメビウスのシーン=うさぎと猫ですが、この解釈をムラクモ=我が家では<第一世界>としているため、この様な形で仕上げてみました。

 見えない友達=イマジナリーフレンドはそこから引っ張って来てます。
 久しぶりに闇神書けてちょっと幸せ。

 【おまけ】はこちら。
 <第三世界>を垣間見る勇気があるのであればどうぞ。

2019.08.27

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