神々の聖域で語るのはこれからの事。
君を見つけた日を忘れない。
貴方を見つけた日を忘れない。
『黒』と『白』。
『再生』と『逆再生』。
だからどうかその先の未来を――君たちへ。
モノクロームファクトリー
―― ふらっぐ、おはなしってなぁに?
―― えいだ。えいだ。おはなしなぁに?
二つの影がふわりふわりとリビングのソファーに座っているフラッグとエイダの周囲を飛び回る。
大事な話があると言って主であるMZDとフィアに席を外してもらって、今此処に居るのは彼らの影神である二人といずれ彼らの後継となる名無しの影神達のみ。
小さな身体を楽し気に空中で泳がせながら名無しの子供達は青年姿であるフラッグ達に本題を問う。フラッグは右手をそっとエイダの左手に被せる。そこに嵌っている己が贈った大切な指輪の存在に愛おしみを感じ、エイダの手が反転して互いに指を絡めた状態になれば自然と顔の筋が緩んだ。
「ごめんね、本当なら影神としての役割を教える時間に当てたいんだけど、今日の話はとっても大事なものだから二人には聞いてほしいんだ」
―― だいじ?
―― とくべつ?
「そう。とても大事で特別なお話。MZD達に邪魔されたくないお話」
―― MZDはかみさま、なのに?
「MZDは神様だから、かな。フィア様も――俺もだけど」
さあ、始めよう。
破壊と創世の運命を背負った彼らへ。
破壊しか与えられなかった<悪魔>からの願い事の話を。
エイダはフラッグの隣で何も言わずに微笑む。
こくりと唾を飲み込むその様子すら全て受け止めて、彼の言葉全てを聞き逃さないように聴覚器官だけを尖らせた。流石に真剣な話をするのだと白黒の小さな子供達も察すればやがて周囲を回るのは止め、そしてゆっくりと黒の子はフラッグへ。白の子はエイダの肩へとその身を寄せて座った。
「俺達はやがて<第三世界>……アナザーワールドと呼ばれるであろう平行世界へと二人で行く。その時、君達が俺達の後継者として彼らの背に立ってほしい」
―― だれのせかい?
―― MZDのせかい?
「俺が作った世界だよ」
答えると子供達はきょとんっと顔を見合わせた。
<第三世界>については彼らも話を時々聞いていたからそこが問題点ではない。問題なのは『二人で行く』という事。
―― えいだは、かみさまにならないの?
白い子が素直に問いかけた。
MZDに――『父』に連なる者達は各々世界を創世する能力を有している。だからこそ、フラッグは影神として傍に在りその系統を継いだ。核が何であれ、彼はもう『神様』であり既に<第三世界>を作り上げた……いわば、一創世神である。
エイダは白い影へと右手を伸ばしその頭をふんわりと撫でる。
柔らかなその感触は掌を通して心地よくもあり、どこか懐かしささえ覚えた。影はすりっと手に小さな己の手を被せて頭をすり寄らせる。それが可愛くてエイダは口元が思わず緩む。だが撫でていた手を外し、己のサングラスへと手を掛けるとそれを外す。
現れたのは蒼い瞳。
白い影はふぁっと驚きの声をあげた。
「私の対の子。私はフラッグのように影神から神になれないのです」
―― この世界はそれを彼の<運命>とした。
「少なくとも<MZD様が作ったこの世界>では私は貴方達のように影神から神へと至る道のりへと歩むことは出来ないでしょう」
―― この世界はそれを彼の<役割>と定めた。
「だから俺がエイダを<別世界>へと攫うんだ」
―― さらう?
―― えむのせかい、から?
「ええ、だからお願いします。私達の対である貴方達に」
エイダは白の子供の身体を片手でそっと下から掬い上げるとその額へと口づけた。
フラッグもまた黒の子供へ手の甲を差し出すと、子はぴょんっとその肌の上へと飛び移り口付けを素直に受け取る。
「どうか私達が旅立った後はMZD様とフィア様と共にこの世界を楽しみ、喜び――時に辛い事も悲しい事もあるでしょうが……それでも恐れず、怯えず、貴方達の後継者が現れるまで傍にいてあげて下さい」
あの二人は私達より寂しがり屋なので、とエイダは言いながら白の子の頬にもキスを降らした。
+++++
『neu』。
歌う子供達は唐突に訪れた世界の崩壊にその身を崩し、花を咲かせ、歌っていた。
ある日、世界は滅びたんだ。
ある日、唐突にそれは『無』になったんだ。
光も闇も、笑顔も涙も全て消えてしまった世界で、白と黒の子供達はケラケラケラと笑っていたんだ。
「見つけるのが遅れた。やっと迎えに来れたよ」
「遅れてごめんなさい。貴方達をやっと見つけられました」
虚無の世界でケラケラケラ。
気が狂ったかのように身体という媒体を喪った子供達は、目に思い出の花を咲かせてくるくるくると身体を捻っては遊んでいた。ゆらゆらとそれは口と目と思い出したかのように手先だけが世界を見上げるようにねじれて存在する。
此処はとある人物の精神世界。
崩壊の中で子供達は確かに生きていたが、何度目かの破滅の時に彼らはとうとう気が狂ってしまったかのように身体を捨てた。
「MZD、目標確認。未だ精神状態は安定せず」
「フィア様、彼らの状態は不安定で揺らぎが大きいものです。このまま連れ帰っては彼らは育つことが出来ないでしょう」
『ああ、見えている。だがその子供達ばかりは連れ帰って貰わなきゃな。――フラッグ、これはお前の試練でもある。精々がんばれよ』
『エイダ、お前もだ』
降りてきたのは二つの『影』。
全く同じ姿の神様の片割れであり、補佐である影神達はその足先を今細長い糸のように伸ばしながら子供達の前にふわりと浮く。顔の横には四角く切り取られた世界が在り、その向こう側では彼らの主達が肩を並べてこちらの世界を見ていた。
ゆるりゆるり、動く花咲き目。
闇に溶けそうな輪郭の中、口の部分はニィ……と三日月を描いて登場した二つの影を目視していた。
そして、―― 唐突に、模される。
『neu』。
唐突な世界崩壊。花を咲かせ歌っていたのは、外側から聞こえてきた音楽が楽しそうだったから。
そんな彼らの前にやってきた訪問者達の姿に己の姿を重ね合わせ、鏡のように二対の白黒の影神が現れればその棘のついた枷が取り付けられた腕を大きく捻り、掌の中に三又の槍を出現させて薙いだ。
目前で振られたそれに咄嗟の判断で空間を何分割化し、存在率を変化させたのはエイダと呼ばれた影の方。
エイダが存在していたその場所は闇の地面と言えど抉れ、土埃が舞った。逃走を選んだエイダに対してフラッグは闘争しようと自身の槍を出現させ、共にこの場に現れた影へと視軸を移動させる。
「――エイダッ!!」
「吸収力が強い子達、……ですねっ! こちらは大丈夫ですから、フラッグは第二破に気を付けて!」
『neu』=『虚無』。
それでも彼らはそこに存在していた。最後の二人になって尚、生存本能だけはあって目の前に現れた存在を――食べたいと食指を動かした。
エイダもまた己の手の中に槍を出現させて構える。それが可笑しくて目の前の二対の影達は声を上げて嗤い、そして目に花を咲かせ……勢いよく花弁を散らし、襲い掛かってきた。
一対一――フラッグと黒、エイダと白の影がぶつかり合う。
だが既に先の第一波で波が見えていたフラッグはその攻撃を物ともせず、むしろ同格までレベルを持ち上げたその成長能力に感動を覚える。槍の分かれ目に互いのそれが絡み、拮抗を保つ事すら面白いとフラッグは笑った。
だがエイダはそうではない。
『同格』に持ち上げられた力を受け流せず、槍と槍がぶつかり合った瞬間跳ね飛ばされ地面へとその肢体を転がせる。
白の子は飛んで行ったエイダの弱さに、ケラケラと腹を抱えて笑った。
『――ッ!』
『フィア、手は出すなよ』
切り裂かれた空間の先で見守る二神と、対峙したままの一神。
フラッグはエイダへと一度視線を寄せるも、すぐに正面の黒の子へと向き合い改めて柄を握り込み……今度は力で圧した。同量の能力を得たとしても辿ってきた道のり、経験の差は歴然。応用力もフラッグの方が高いのは見ての通り。
相手の槍に己の槍を絡ませたまま反転させるとそのまま上方へと力を掛け空中へと弾き飛ばし、回転して落ちてくるそれを左手で捉えると両手に槍を携え、そしてそのまま黒の影へと突き刺した。
一方は首を、もう一方は腹部を貫き、本来ならばすり抜けられるはずの存在を地面へと縫い付ける事に成功する。
もがき苦しむ黒の影を見て――<第一世界>での出来事を思いだす。
そういえばあの『父』もまた『影』を使って自分を捕らえたのだと……鮮明に焼き付いた記憶は再生を赦した。
『フラッグ、合格』
足を組みその上に肘を付きながらMZDは空間越しに一言告げる。
その評価にフラッグは安堵の息を吐き出した。しかしその評価は自身のみのもので、完全に安心を得るものではない。「ごめんね」と一言告げてから黒の影に闇から出現させた鎖を絡みつかせ、手と足を地面に貼り付け拘束を強めた。
ただ暴れる子に落とす視線は非常に冷たく、びくりと怯える様子にフラッグは無意識のうちに舌打ちをする。
金属音が響く先へと目線をずらせば、そこには明らかに白の子に押されているエイダの姿があった。
寸でのところでかわしているものの、防御戦になっている事態に何よりもエイダ自身が悔しさを覚える。地面を蹴り、高く飛び上がって攻めへと転じても白の子はそれを見透かすようにひょいっと己の軸をずらし、槍は無情にも地面に突き刺さる。
抉れた大地から欠片が舞い上がり、視界が鈍ったところをまた白の子は見逃さず――三又のそれを絡み合わせ、『フラッグと全く同じように』上方へと飛ばした。
「――!? エイダ、空間遮断をしてその場から離れろ。その子は『お前の力』を制御出来ない!!」
やがて白の影は両手に槍を携える。
そして目標物であるエイダが空間転移する前にその槍を投げ飛ばした。一ミリの誤差もなく直線を描いて飛ぶそれをかわせないと察せるとエイダは掌を前へと突き出し透明な膜を展開する。――しかし、影神の槍はそれを貫き、エイダの首と腹部へと容赦なく刺さった。
影の姿であったことは幸いか。
ダメージこそ通ったものの人の身体ではない故に肉が削れることも、血があふれ出すこともない。ただただ……槍は命を削る役割を果たすだけで。
「エイダ、不合格」
「MZD様、私はまだ――!!」
「二度言わせんな。不合格だ、エイダ」
「ッ……」
「これ以上はここの精神世界の主に負担が大きい。――この勝負、俺が預かろう」
直後、聞こえたのは我らが創世神、MZDの声だった。
これ以上の戦闘は不要と判断した彼は自ら精神世界へと降り立ち、影達の戦いの間に身体を差し入れ淡々とエイダに評価を告げた。
白の影はくくっと首を真横に倒し、突如現れた何者かにハテナマークを浮かべている様子。だが、同様に模してしまえと考えたのは端的思考故か。
『少年』の姿をしたそれを模して、その力をも手に入れて――。
ぽたり、と伝ったのは赤。
「お前に俺を模すなんて億年早いってーの。俺と同格なのはフィア――フィアレスのみだ。そのフィアだって自分の限界に揺さぶられて安定しねぇってーのに……」
少年の姿を形作ろうとしたそれにMZDは容赦なく己の手を突き入れた。
胸に当たるその部分から流れる赤、生暖かい温度にMZDは僅かに眉を寄せるもその身体の奥からずるりとどす黒い何かを引きずり出すと手首を振る動きだけでその場に捨てた。
次いでフラッグが捕らえた黒の影へと近寄ると影の姿のままではあるもののそのまま胸に手を差し入れて、奥からヘドロのような汚らしいそれを取り出し捨てる。
びしゃりと濁った音が聞こえ、彼はそれを靴の底で擦り合わせて再生出来ないように壊した。
「で、エイダどーよ。フィアちゃんの精神世界の深層に入り込んだ気分は」
汚れた手を払拭するようにMZDはにやりと笑うと、エイダは唇を痛みが伴うほど噛みしめる。
切り取られた空間を睨むように視軸を変えたエイダはその向こうにぐったりとソファーへの肘置きに頭を寄せ、浅い呼吸を繰り返す主の姿を瞳に捉えた。
傍に行きたい気持ちと、『不合格』だと言い渡されてしまった情けなさが相反する。ずるりと己を貫いた槍を引き抜いて、カランっと音を立てながらそれを地面に投げると同時にフラッグがその姿を青年のものへと変え、駆け寄ってきた。
下された審判には従わなければいけない。
エイダは自身も青年の姿へと変化させるとその身体に傷一つない事を確認する。胸の奥……心と呼ばれる部分に負ったダメージは深いけれども、肉体的破損を免れた事は良かったのかもしれない。
改めて世界を見渡す。
自分の主が抱えている精神世界――闇の中の崩壊は血肉と焦げた土の香りで充満しており、これが光満ちる時があるのかと俄かには信じがたかった。
「さて、迎えに来たよ。俺と俺の息子の影になる子達――そして、フラッグとエイダの後継者」
MZDは二体の影を浮き上がらせ己の傍へと寄せれば、対の影達の頭へとそっと片手ずつ添える。
内側に押し込められていた<虚無>を取り去った子供達は朧な意識のまま創世神の言葉を聞いた。笑おうとして笑えない。花を咲かそうと目に手を添えても能力の制限が掛かってしまった彼らはただ首を傾げるばかり。
「来るのが遅くなってごめんな。まさかフィアが『喰って』るなんて思っていなかったんだよ。でもお前たちが歌ってくれたから此処に居るってフィアが気付いた。俺がその意識を探ってやれた……お前達二人の対になる影神達が試練に来れた」
破壊と再生を繰り返した神の深層意識。
悲しみと怒りの果てに自死を望み続けた神の息子の<核>は、闇属性の感情。身体という制限が掛かるそこに収められる前に世界を漂っていたそれは多くの感情を食い散らかし、闇を育て続けていた。
そしてそれは当時弱きものであった<本来の創世神の影神>すらも飲み込み、成長を早めてしまったのだ。でなければ神がただの『闇』に惹かれるわけがない。
「お前も『白の複製』を作るほどに寂しかったんだな。でももう安心しな。今日から先は外の世界を見せてやるよ」
更に神の片割れになるべき存在――<第二世界>の影神は『二人』存在していた。
闇が呑み込んだ当時は恐らくは一つの魂であったそれだが、悲しくも寂しさから産み出されたのはもう一つの魂。材料ならばここに大量に存在し、そして彼もまた形作ることに長けていた。
作り方は簡単だ。
何故ならば世界が崩壊するたびにフィアという闇が教えてくれる。全て壊れた後は、子供のように身体をこねて、大地を戻して、花を咲かせ、外界から届く音を拾って……そうして彼は『二人』になった。
故に影神である二神は試された。
フラッグには現存するエイダと共に影であるべきか。それとも本来の影である二人にその席を譲るべきか。
エイダにはその産まれ方から影神であることを止めさせ、自分の意思で動くための権利を賭けた。もしもエイダが合格していたのであれば彼は己を縛る神の言霊から解放されたに違いない。
だが結果は望み通りには至らず、フラッグとエイダは影神であることを選ばざるを得なくなった。フラッグが例えいずれはこの世界から<第三世界>へと降り立つとはいえ、MZDとその息子には強力な片割れが必要なのだ。
そしてその片割れは未だ……幼いといっても過言ではない。
「フラッグ、エイダ。お前達の評価が分かれた理由は簡単だ。各々が互いを分かり合っていたとしても、決してその手を離すべきではなかった。――お前達は一対一で戦うべきではなかっただろう。エイダは俺達四神の中で最も能力において非力さを抱いているが、それは秘めるべきこと。フラッグもエイダの心情を許容すべきじゃなかったはずだ。そんなもん、エイダを更に傷付けるのは見ての通り。目先の餌に釣られず補い合う事を優先し、共に在ることが合格への一歩だったはずだ」
MZDはサングラスの奥から僅かに見せた瞳で二人を叱咤する。
正論だと二人は言葉を失い、互いから視線を逸らす。普段とは異なり、居心地の悪さに言いようのない空気が漂った。
現実世界では世界の主であるフィアが――フィアレスと名付けられた神が己の胸の布地を強く握り込み、やっと収まりを見せた波に息を吐き出すのが見える。MZDは神々の様子にやれやれと肩を竦めた。
「ま、だからよぉ。<第三世界>へと辿るべき存在になるのであれば、決してその手を離すなって事。……俺のようになるぞ」
MZDはくっと帽子のつばを指先で摘まみやや下げる。
「こいつらを連れ帰った後はまた一から影神の育成かー」と呑気な口調で最初こそ話していたけれど。
「……あのまま『闇』が漂ってたらフラッグ、お前の後継者はフィアちゃんだったかもしれないなぁ」
ぽつりと呟く神様。
その手先にはすっかり毒気を抜かれた五歳児程度の子供達が横たわっており……やがてその姿が保てなくなって、掌よりやや大きい程度の黒と白の影へと至った。
+++++
幼い白の影の頭を撫でながらエイダは話を続ける。
黒の影も「ぼくもー」と自らエイダの傍へとふよふよと寄っていけば交互にその頭を優しく触った
「可愛い私の対の子。私にはこの世界でのみ制限が掛かっています。あなたと出会った時に『同等』の力を有したあなたに押されたのがその理由の一つ」
―― えいだ、よわかった。
―― えいだ、『ぼく』とおなじだったのに。
「あなたは確かに私を綺麗に模した。私の内側までは似せることは出来なかったけれど、内側にはその制限が存在しているので……私は現存するMZD様に連なる神に属しているけれども、影神から神に至ることは決してありません」
本当は他にも理由は存在している。
しかしその理由を、子に伝える必要性は今はない。
「エイダは産まれて少し経った頃に俺を模したよ。けれどもその瞳の色までは模す事が出来なかった」
「当時の私はフィア様の影響かと思っておりましたけどね」
「俺がMZDを模したように」
「私がフィア様に繋がる限りは――と」
普段は絶対に裸眼を晒さないエイダの蒼い瞳を興味津々で白き影神は覗き込む。
いや、正しくは出来るだけ……だ。フラッグと寝台を共にする時は当然外すし、長時間身に着けていればくすぐったくもなる。それに元々このサングラスを着用し始めたきっかけもまた自分達の意思ではない。
フィアが人嫌いのきっかけとなった事件以来、視線を上手に合わせられなくなったため着用した事がきっかけ。MZDがレンズ越しならば大丈夫だろと息子に与え、自分も着用し始めたのがきっかけ。
フラッグはそれに倣った。家族である彼らの輪に交ざっていたくて、自分もまたあの事件を忘れないようにとサングラスを手に取ったのだ。
―― ぼくたちも、ふらっぐとえいだとわかれちゃうの?
―― ふたりがどこかにいっちゃったらぼくたちさみしいよ。
おや、とフラッグは笑む。
穏やかな雰囲気が流れる室内で、小さな影神達の声は耳に優しく届く。エイダもまたくすくすと口に指先を緩く折った拳を当てながら笑っていた。
「だけど俺はエイダを攫うと何百年前からも誓っていて、そのための準備ももう終えているんだ」
その言葉に子供達は顔を見合わせ、そしてぱっと表情を明るくさせるとふわりふわりと浮き上がり二人の正面に移動した。
―― ぼくら、うたうよ。
―― うたったからぼくら、みんなにであえた。
―― 『再生』をうたったから。
―― 『逆再生』のうたをこんどはとどけるね。
あの虚無の世界でうたった声。
ある日闇に奪われた彼らの世界。繰り返した崩壊はフィアの精神状態そのもの。それをMZDとエイダが『再生』と『逆再生』させ、浮上させ続けている。
それはあの一件が過ぎた今も……たった一人の神様の為に繰り返し続けている行為。
二人の小さな影神の言葉に今度はこちらが驚きを貰う番。
フラッグとエイダを互いに顔を見合わせた後、繋いでいた手をゆっくりと解く。互いに緊張していたのか僅かに汗ばんだ掌は熱を抱くも、その体温すら愛おしかった。
「黒の影――俺の対よ。君に愛おしい人が出来たら名前を付けてもらって」
「白の影――私の対。貴方に心から慕う人が出来たならその人から名前を呼んでもらって下さい」
「<第三世界>へと辿る俺には君に名付ける資格がないから」
「フラッグと共に行く私にその資格は有せないから」
でもその相手がどうか彼らでありますように。
彼らでなくても自分達の対である子供達が誰かを愛せますように。
自分達が互いを愛せたように、たった一つのノルマでいい。
心から誰かを愛せたならば――きっと闇も光も共存出来る。
「さあ、小難しい話はここまで。今日はどんな話をしようか」
「フラッグがそういうことを言い出すと昔を思い出して懐かしいですね」
「エイダが俺に対して人見知りしすぎて壁からじーっとストーカーしてた時代の事なら今でも充分語れるよ」
「ちょっ、そこは無しで! 恥ずかしいので忘れていいんですよおお!」
―― おはなしー!
―― ふらっぐとえいだのむかしのおはなしがいいー!
食いついてきた子供達を二人で一人ずつ抱き上げ、きゃっきゃっと笑う声に和む。
同時にソファーから立ち上がったエイダが拗ねて唇を軽く尖らせる様子が可愛くてフラッグはその肩を抱き寄せ頬にキスをする。するとエイダもまた素直にキスを返してくれるから、互いに幸せな気持ちをお裾分け。
いつか来るその時までは子供達と共にいよう。
主達を支え、その成長を見守り続けよう。
エイダが担う『再生』と『逆再生』が終わりを告げる日が来れば、フラッグは遠慮なく彼を攫って行く。
だからその瞬間までは。
「しかし、まさかこの年でこの年齢の子の教育を任されるとはなぁ……兄立場はフィア様が滅茶苦茶明るかった幼い頃に充分経験させてもらったけど、今の俺は父親にでもなった気分だよ」
「私はいつでも母親をやっているようなものなので慣れっこです」
指先一本を口に立てて意味深なセリフを吐く愛しい恋人。
フラッグは彼と共に子供達の笑い声が音楽になる日を毎日楽しみにしながら、今日もまた沢山の過去を未熟な神々に語った。
…Fin...
>> 青橙とWハテナちゃんメイン。
影神につきましてはMZDがポップンラウンジで「これ? 神のオプションでいいや」と適当にインタビューに答えていたポプ初期から本当に出世しましたよね。
どうしても後付け設定になってしまって申し訳ない心地なんですが、我が家では基本の影神は蒼橙。ちび影神達はハテナちゃん基準で行かせてもらいます。
でもたまにちび達大きくなってお花を咲かせたり歌ってたりして遊んでいると可愛い。ちび達は蒼橙をほぼ親認識して、フラッグの仕事のお手伝いをしつつ育ってくれるといいな。
余談ですが今回MZDが時折フィアをちゃん付けして呼んでいない部分があるのはわざとです。