恐れないで、怯えないで。
 女神さまが遠い昔子供に名付けた言葉の通りに。
 恐れるな、怯えるな。
 父親が自死を望む子を世界に放り出したと知った時は笑ったものさ。


 フィアレス――その綴りは『fear・less』。
 お前さまが闇から産まれたというのであればオレは闇へと自ら踏み入れた子供だ。


 闇こそが二人繋ぐ共通点。
 誰がそれを悲観しようと、オレ達はそれ無しでは生きる事はもう出来ない。



一瞬限りのふれ合い(触覚)





 数百年後の南天の空。  
 コンソール=ネメシスの南方にて『偽十字』と評され続けた星――ベラと名付けられたオレ様は今日もグランドピアノの鍵盤に手を掛ける。
 いつ頃からか『盲目のピアニスト』と名付けられたオレはその言葉を笑ったものだが、偽十字よりかはマシだと放置してある。手を滑らせて宇宙の空にピアノ鍵盤を並べて音楽を奏でることも嫌いではないが、オレにはやはり最初に音を生み出したこのグランドピアノが性に合っているようで、住処ではいつもピアノの前で音を聞く。


 最初こそ気狂いのように音を叩き続けたオレを心配したのは母であった。
 しかし母――フォトンはその行為が決して自傷行為ではない事を知るとやがてはオレが紡ぐ音楽を楽しみにするようになった。
 音と音をぶつけて相殺させる行為は自傷手前ではあるが、攻撃的な言葉には勢いの付いた音楽が効く。
 耳に届く数々の言葉に音を一つ一つぶつけてやれば、盲目故の過敏さから得る身体的苦痛は非常に和らいだ。


「ベラ」
「来たか、調律師。今回は少し遅かったな」
「遅かった、か?」
「いつもは即興曲五百を叩いているうちにやって来ているような気がしていたが、今回は六百ほど近い音楽を叩いた気がする」
「それはお前が音楽家として腕前を上げているからだと思うが」
「そう評してくれるのはお前さまだけさ。どうせ百の違いなどオレや……あの本物さまの間では些細な数の違いだからな」
「……お前達は相変わらずだな」


 服の色は青と黒。サングラスも黒フレームに青のレンズ。
 肌の色は少々薄い気がする。空間を割って姿を現したのはオレの光を食べたあの幼馴染さまさ。言葉に反射して帰ってくる色の旋律。そして輪郭。出逢った頃よりも互いに成長してしまったが、オレ専属の調律師――もとい、フィアレスは成長を言葉通り止めてしまった。
 タン、っと地面に足先を付けて寄ってくる音。その足先には影があり、その影にも生命が宿っている事を知るとオレはくっと喉で笑っては口元に手を当てた。


 出逢った頃は喜怒哀楽が豊かであった神の息子は今、無表情にも近い顔立ちを有す。
 感情自体が無くなったのではなく、己の感情をコントロールしようとした結果『無』を選ぼうとしているのは明白。だが根底に宿る魂は感情を全て無くせるほど大人しくはなく、結局のところ『物静かな少年』に至っただけに留まった。


「お前さまは変わってしまったな」


 ピアノへと寄ってきた少年へとそう皮肉を込めて伝える。
 それに対して否定は返ってこない。返ってくるはずがない。それを誰よりも望んだのは本人自身だ。
 隣に立つフィアレスはピアノの筋を撫でる。
 このピアノはあの頃から変わらないだろう。お前さまがこの星に置いたあの頃から全く変わらないだろう。――つまり、時間を止めてしまったのはお前さまだけじゃないということさ。


 専属の調律師。
 その言葉の通りフィアレスはピアノの音を調整する。ただし、彼が調整するのは数多の調律師が行うそれではない。そもそもこのグランドピアノ自体が特別製なのだから、並の調律師に任せることなどオレはさせない。


 まず、オレのピアノは鍵盤数からして異なる。
 通常のグランドピアノは八十八鍵。
 しかし神の子が持ってきたグランドピアノは九十七鍵。追加鍵盤は八オクターブの音域を有することが出来る。
 だがオレのピアノを見たノーヴァが「これは音楽として存在しない部分だね」と笑っていた。その証拠として追加鍵盤は余分な音を響かせぬように取り外し可能、もしくは色を黒で塗り潰してあるものだ。


 幼き日、「九十七鍵のそれを何故持ってきたのか」とフィアレスに問えば「扱う人材が限られているって父さんが言っていたから」と答えた。


 余分な部分とされるその鍵盤は「響かせるため」として存在する。
 倍音共鳴。後世で高値が付いたカスタムモデルをひょいっと時空の彼方から持ってきた当時の子供を思い返すととんでもないことをしてくれたと呆れさえもするが、ノーヴァはむしろ羨ましいと何度も口にしていた。


「『ベラの手に馴染むままに』」


 調律を開始するフィアレス。
 それを口にするだけ。
 指先をピアノの弦に添えて言霊を降らすだけ。緊張していたピアノが呼吸する。胎動し、共鳴するピアノは生き物だ。量産されたピアノではなくカスタムモデルであるのであれば尚更弾き手を選ぶ。


 実際問題、「このピアノでなければ」と己の手に馴染んだピアノ以外弾きたがらないピアニストは世に多く存在する。
 いくら分解と組み立てが可能で、しかも解体したピアノが女性でも数往復すれば持ち始める程度にまでなるとしても調律を繰り返さなければ、異国、異世界に辿り着いたピアノは『緊張して本来の音を出すことを拒み、ピアニストの手に馴染むことはない』。
 楽器は無機物でありながらも生き物なのだ。


 オレはこの地から動くことはそうそうないし、ピアノを動かすことも滅多にないが――事実、この場所から動かした際にはいつも以上に硬い鍵盤、響かぬ音に頭を悩ませたものだ。


 ぽろん、ぽろん。
 数回鍵盤を叩いて音を測る。
 フィアレスから産まれ、フィアレスに調律され続けるピアノは安心するかのようにオレの手の中で柔らかな音を奏でる。外れぬ音域も見事なもの。
 一ヘルツの音の差を聞き分け、完璧なる調律が成されたそれに感心し両腕を組んだ。


「音叉も使わずよくやる」
「音叉が何か最初の頃は知らなかったくせに」
「あの本物さまがお前さまの調律を初めて目にした時のことを思い出すと、未だに笑いそうだ」
「お前が笑うとノーヴァが喜ぶだけじゃないか」
「そこだ。あの高名なる作曲家様がオレが笑う事で喜ぶ――苦々しい話だと思わないか。音楽戦争を吹っ掛けてきたのはあちらだと言うのに」
「お前達の戦争が未だに続いているからこそ、周囲はその音楽を聴いて心躍らせているようだが……」
「それはお前さまもか?」
「……」
「お前さまもオレやノーヴァの音楽を聴いて心躍るか?」


 鍵盤に蓋をし、その上に両腕を置いて問いかける。
 フィアレスが黙する気配。それが、正直な答え。素直過ぎる……回答。
 心躍らぬではなく、感情を動かさないように固定している――それが幼馴染の答えである。しかしそれを口にしてしまえば多くのものは不快を得ることを知っていているからこそ、この目の前の少年は言葉にはせぬのだ。
 ……こういう馬鹿な幼馴染なのさ。


「これでもマシになったほうだ」
「あの父、もしくはあの父の影……いや、その足元の影神と共に在らねばお前さまは未だに孤独という闇に追い込まれそうになるくせに」


 何と比較してマシと評するか。
 しゅるりと自分達の足元から伸びる気配。三又の槍を携えた神の子の『守護者』。


「お前さまも元気そうだな。――『傍に在れ』と望まれたが故に、神至れぬ哀れな影神さまよ」
―― お久しぶりです、ベラ様。
  日々ピアニストとしての腕前が上がっている事をフィア様もお喜びですよ。
「様つけなど不要だと何度言っても無駄か」
―― フィア様の特別な存在は私にとっても特別なので。
  それに貴方の指先から産まれた音楽はフィア様に届きます。
  貴方が紡ぐ音楽全てをフィア様が聞くことは難しいですが、届けられる旋律は全て保管してあります。
  主が望めば私が整理した空間より届けましょう。


 皮肉を込めて伝えた挨拶をものともしない影神は槍を手前に下ろして笑う。
 むしろ微笑ましいと言わんばかりの表情でオレとフィアレスとを交互に眺めるばかり。やれやれ、神とはかくも勝手なものか。
 「盲目故に楽譜に起こせぬオレが紡ぐのは即興曲ばかりだぞ」と口にしても、にこにこと笑む気配ばかりが伝わってくる。


「ベラ」
「なんだ」
「あの時、お前の光を奪った事に対して何を考えているか素直に答えてほしい」


 近付く風。
 全体ではなく部分。指先がオレの目の前にやって来て、布地越しに左瞼を撫でた。オレよりも小さな指先は瞼がほんの僅か凹む程度、示す柔らかさで差した。
 オレはその手首を捉えるとくっと口端を持ち上げる。
 固まる気配。
 触れられることに慣れていない者の反応。マシになったとは言っても突然の行動には未だに動揺が走るらしい。昔はコイツの方がオレの方へと接触過多と言っても良いほどにくっついてきていたというのに、知恵を付けてしまった神の子はどうやら『逃走』を選ぶ傾向を得てしまったらしい。
 だが相手が相手だ。
 ふぅっと息吐く音が聞こえたと同時に肩が下がり、自然掴んでいる手に籠っていた力も抜けた。


「何も――いずれ潰える光だったならお前さまの糧一つにしてやりゃいいさ」


 本心からだった。
 数百年を経て尚も変わらぬ本音であった。周囲は憐み、悲しみ、盲目となった事により更なる『差』を付けたが、そこにオレの価値が変わる何かがあったというのだろうか。
 だが友は黙する。
 言葉を素直に出していた幼少の時とは違い、彼は考える事を覚えた。神として口にする音を選ぶようになった。それは成長と言えるかもしれない。
 なぜなぜどうして。
 幼い頃に発せられたその言動に悩まされていたオレがいた事も間違いないのだから。


「ペンギンの司祭が……」
「?」
「ぺぺというペンギンの司祭が、母さんから頼みごとをされていた事を最近知った。……母さんは声が出せなかったけれど、頭に直接語り掛けることは許されたから……司祭ペペにずっと俺が闇に染まらぬように祈ってほしいと……頼まれたと聞いた。俺はMZDから逢って来いと言われて初めて知ったというのに」


 ぽつりぽつり。
 それは聞かせるものではなく呟く音程。
 ああ、なるほど。それで今日のお前さまはキラキラと極彩色の気配を残り香のように漂わせているのか。青に黒の服に、オレは見た事はないがステンドグラスという様々色が埋め込まれたガラスが存在することは知っている。


「あの女神ならやりそうな事だ」
「お前もそう思うか」
「ああ、そう思うね。子を思い、愛おしみ続けた母なら尚更」


 オレにもそんな母が存在する。
 自分だけの母ではないが、全ての星々へと惜しみない愛情を届けてくれる母がいる。そしてオレとお前さまはそんな母親たちの友愛から出逢ったのだから、有り得ないなどという事すら愚問の極み。
 闇に完全に堕ちなかったのは母たる存在があったから。
 その意味がフィアレスをいつまでも縛り続けるだろうが、その拘束は決して不快だけの存在ではないだろう。


 片手を離し、フィアレスの手を自由にする。
 数回深呼吸するかのような息の流れ。やがてピアノに凭れ掛かる軽い体重。オレは左肘を蓋に乗せ頬を支えては見えぬくせにフィアレスの方へと顔を向けた。


「MZDから聞いた。お前今度のポップンパーティに出るんだな」
「急な話題転換もいつも通り。――ああ、招待状が届いてな。『偽十字』と呼ばれるオレでも構わないかと言えば、『馬鹿言え、偽十字を招待した覚えはねえぞ』とあの父は言ったぞ」
「盲目のピアニストを招待したと、MZDは言っていた」
「お前さまは出ないのか」
「出ない。……まだ会場に行くだけで疲れてしまうから」
「ほう。それでも進展したものだ。昔は人間さまがいるというそれだけの理由でオレの元へ逃げ出していたものを」
「此処は音楽が満ちているから」
「音の相殺はオレの逃げ道だからな。耳障りな音はお前さまが贈ってくれたこのグランドピアノを叩いて打ち消し、そしてオレは心の安定を保つのさ」


 闇を得た頃はそれはもう酷かったもの。
 脳内に入り込んでくる数多の音は心地よい物から不快な物まで分別なく耳から入り、脳を揺さぶり痛みを起こす。両耳を塞いでも完全には閉ざすことが出来ずに何度フォトンに星を抱いてもらい、出来るだけ音を聞かぬように過ごしたか。
 それでも響いてしまう音は頭の中で記号へと変わり遮断出来ず、朝夜構わずピアノを叩き続けた時には狂うかと思った。


「お前さまは闇を抱えた神。幼少の頃はお前さまが病んで見た景色はこんなにも暗いものだったのかと当時は思ったものさ。オレを評するバカどもは相変わらず本物さまとオレを間違え続けるが、……」


 ふと、聞こえてくるピアノ音。
 この付近でピアノを鳴らす人物など限られており、そしてその音楽の完成度の高さを思えばため息が思わず零れた。


「ノーヴァの音は相変わらず成長を止めないな。前回の調律よりも更に速度を増した複合音が届く」
「ふ、くく。お前さまもオレよりも上手いと思うか?」
「さあ? お前たちの音楽は似て異なるから俺には分からない。が――二人が俺の為に『音楽戦争』を始めたことくらいは知っている」


 フィアレスは肩を竦める。
 だが次いで丁度俺が顔を向けている側、フィアレスが座っている方の空間を撫でるかのように手を滑らせた。
 ジジジ……とノイズが走る様な、一瞬だけ違和感が走った後にオレは額に手を当てる。ああ、この野郎だなんて口にするよりも先にピアノを弾くノーヴァの住処と強制敵に空間を繋がれれば、隣接した世界が出来上がる。
 繋がれた先の人物もまたピアノ音を止め、己の自室と野ざらし状態のオレの星とを見渡す動きが風を通して感じられた。


「フィアレス……いくら私とて急に空間を繋がれれば驚くんだよ」
「なんだ、ノーヴァ。宇宙に名を響かせている作曲家様が今更凡人に何を聞かせようと構わないだろう」
「あのねぇ、神の息子である君が凡人だなんて……ああ、止めた止めた! ――改めてお久しぶり、フィアレス。今日の体調はどう」


 どうせ何を言っても現状は変わらないのだ。
 ならば何を言っても無駄。文句を言っても無駄だと何百年かの付き合いで既に全員知っている。
 オレですら呆れかえってしまっているのだから、ノーヴァは更に上回るだろう。振り回されてしまえと頭の隅で呟くとオレはピアノの蓋を開き再び鍵盤に指を添える。
 適当な場所を叩いて音を確認すると両手は定位置を見つけ、両手を伸ばした状態でふぅっと深呼吸を数回。


「楽譜は読めるようになったか」
「相変わらず読めやしないが、五線譜の意味や楽譜のことはそこの本物さまから散々聞いた。それはもう雑音など聞いている余裕などないほどにな」
「何を言うんだい。楽譜がなければ基本的に皆は音楽を奏でることは難しいんだよ。盲目のピアニストは確かにベラ、君だけじゃないけれど知識として知っておくことは有益だと思うんだ」


 指先を振る動作。
 オレには必要ないと突っぱねても知っておけと幼少の頃から喚くように伝えられ続ければ流石に記憶せずにはいられない。お陰様で『己の目』では楽譜を見た事もないし、五線譜に音符を書くことも出来ないが音楽知識は山のように溜まってしまった。


「どうせベラの音楽はノーヴァが転記しているんだろう」
「流石、フィアレスは分かってくれるね。発表曲に関しては遠慮なく転記させてもらってるよ」
「オレの許可無くな」
「君、そもそも私じゃなくとも許可を出さないじゃない」
「許可を出さないんじゃない。好きにしろと言ってある。発表という事は知れ渡るという事。知られるという事は誰かの手でオレの音楽が奏でられる事も有り得るし、アレンジをされたとてオレ自身はそれを拒む術がない。なら勝手にしろとしか思えんな」


 鍵盤に乗せた指を動かし、とある曲を流す。
 ノーヴァがその旋律を僅かに聞いた後、すぐに自分もとばかりにピアノ音を続けた。なんだ付いてくるのかとチッと舌打ちをすれば、二重奏を拒もうと速度を上げた。


「ん? エリー……」
「「フィアレス(神の子)のために」」
「……何故そうなった」
「エリーゼだかテレーゼだか知らんが、結局は誰かに捧げる音楽であるならお前さまの名前に置き換えても今更問題なんてないさ。届ける先が決まっていればそれはアレンジ曲に変わるだけ」
「素直にフィアレスに私との二重奏を聞かせたいって言ってよ」
「お前さまが弾くだなんて誰が思うか!」
「ベラが弾けば弾くに決まってるだろう! 私との重奏が嫌なら私が追いかけるしかないじゃないか!」
「なんだ、共闘か」


 空間の境界線ぎりぎりの場所でフィアレスが浮き上がり足を組む。
 影もまた追いかけ、その足先に緒のような先を絡めてくすくす声を降らす。腕を組み、瞼を伏せて聞いているフィアレスの精神状態は今日は良し。
 流れてくる闇の旋律は落ち着いているものだと判断すると、オレは急激に速度を落とす。


 変調。
 アレンジはノーヴァ、本物さまよりも得意だ。頭の中に楽譜など存在しないからこそ自由自在に音を変えて遊ぶオレにノーヴァが奥歯を噛むような気配がした。


 一小節ごとに変わる各々の旋律。
 時折重なって、離れていく。離れた後には追いかけて、一音重なって丁度いい和音が産まれる。
 神は聞く。
 周囲の雑音をシャットアウトし自身に捧げられている音楽に身体中を浸しながら、今だけは二人分の音楽だけを拾う。


「結局はお前達も仲良しなんじゃないか」
「とんでもない」
「私は昔よりかは仲良しだと思っているよ」
「どこがだ!」
「私を拒みすぎないところ!」
「拒んでも拒んでも近寄ってくるのはお前さまだろうが!!」


 声を荒げる二人を微笑ましく見ていたのは影神。
 フィアレスに至ってはピアノの旋律だけは狂わないんだなと感心するばかり。流石、片方は高名なるスペース作曲家。もう一方は盲目のピアニストだと拍手の音が星を響かせた。
 やがて曲は終わりを告げるが自分達の関係に終わりはまだ見えない。
 いずれは神たる存在に置いて行かれることは明白だが、今はその考えを捨て置くこととする。


「フィアレス、我が友よ。お前さまが未だ世界を旅するというのなら、もう少し頻度を上げて此処にも寄れ。茶くらい出そう」
「なにそれ、私には出してくれないのに!」
「何故お前さまに出さなければいけないんだ! 高名なるスペース作曲家様」
「もうっ! どうしてベラは私に対してはそんなに突っぱねるんだ」


 口論は尽きない。
 コイツとの付き合いも何百年と過ぎているが、むしろ喧しさは増している気がした。対してフィアレスとの会話は落ち着きすぎるほどに静けさと雑音の無さを得ている。
 MZDの息子。
 ポップンパーティの主催者の裏側。
 誰よりも神に愛されている息子はその愛の重さに潰れやしないかと大昔は心配していたが、その左薬指に嵌っている指輪に気付いた時には「やっとか」とこっちが無駄に張っていた肩を下ろしたのを未だに覚えている。


 恐れないで、怯えないで。
 女神よ。お前さまの言霊は確かに神々に継がれているようだ。


「ベラ」
「なんだ」
「土産を渡してもいいか」
「遅すぎないか……?」
「今思い出した」


 言いつつ、フィアレスが反転する。
 両手がオレの頬へと伸び、それから額にコツンっとぶつかる何か。オレよりもわずかに高い温度はフィアレスの肌だ。額と額が触れ合う。しゃらしゃらとフィアレスの髪の毛がオレの肌を擽るが――土産が瞼の裏に投影され、オレは笑う。


『ひかりあれ』


 司祭服を着たペンギンが持っている杖をステンドグラスの嵌った教会全体を示すように振り示す。
 瞬間――ステンドグラスが嵌め込まれた教会は光を得て、屋内を照らし出す。
 キラキラと輝き、極彩色のそれらは周囲を多彩な色に染め上げ、そして丁度フィアレスの位置する場所にのみ白が集まった。


「――女神様の祈りは相変わらず綺麗なことで」


 そう呟き、反転しているフィアレスの後頭部を支えるように手を添えてぐしゃぐしゃと撫でると同時にノーヴァが何か叫んだが、オレ達はわざと無視することにした。





…Fin...


>> 十字星と過去神一家。

 ベラさんとうちの黒神の幼馴染が書きたかった。
 というわけで、今の黒神の『視覚』は元々はベラさんのものだよ。だから『お土産』は額こっつんこして外の景色を見せる事。本当は楽譜も見てるけど、それを読む知識が追いつかないし、本人書けないしでノーヴァさんが勝手に転記してる。
 ベラコンプレックスとノーヴァコンプレックスな二人。
 認めてほしいノーヴァと認めたくないベラの平行線。
 それを黒神はそっと見守りつつ、時折交ざっている日常であれ。

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