■ 3:「あの子が飛び方を覚えてしまう前に急いで」


 自分は飛び方すら知らなくて、その行為自体が不思議なものだと思っていた。


 階段を前にして佇む。
 たかだか一階分の高さの段を見下げればぼこぼこの影が出来た。幼い自分の影がくしゃくしゃに歪む様が面白くて階段を下ることをやや戸惑う。背後の窓は今日は空気の入れ替えとばかりに開かれていた。


 風が背を押すように足を踏み出す。
 一段、また一段と進めば、やがて最後の段になる。


 自分はまた足を止めた。
 あと一歩前に踏み出せば楽しみがなくなってしまう。階段を下ることの何が楽しいのかすら良く分かっていないが、それでも自分の中で無意識に決めてしまった『ルール』に逆らってしまう気がしたのだ。
 大したことじゃない。
 下ろうが昇ろうが階段は階段でしかなくて、罠が仕掛けられているわけでもない。
 ただ、一歩踏み出せば何かが終わってしまうだけで。


 無言で足を出す。
 たんっ、と妙に軽快な音をたてて床に足を置いた。
 ――――途端、隣に勢い良く飛び降りてくる気配。


「邪魔」


 そのまま相手は自分の真横を通り抜けて行った。
 階段を駆け下りてくる音など聞こえなかった。あるとすれば自分と同時に床を蹴る音だけで。
 身体を屈ませて華麗に着地したその様子に目を丸める。一階分とはいえあの高さを飛び降りたのだという事実に驚きを隠せなかった。


 自分はその飛び方を思いつかず、またそんな飛び方があるのだと知らなかった。
 階段でうんうん唸っていた自分が妙に情けなく思えた。
 無性に何処からか飛びたくなって、階段を三段駆け上る。思い切り前に蹴り出して飛びあがった。


 何も変わりやしないのに、ただ足を踏み出すことが怖かった。
 それが自分の足を止める『ルール』。


 抜かれた背中を追いかけるように自分は駆け出す。
 待って、と掴む手はまだ伸ばされたままだ。






(リースならば相手=ビィト)
(ビィトなら相手=ユーリ)
(ウィステリアなら相手=リース)
(大穴、カインで相手=ユーリスで)

(自分ルールを作ってしまう無邪気な遊び心)
(それをどかんっと破る他者。その時彼らは『意外さ』を震撼する)






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