■ 1・ヴァーロ


「ヴァーロ!」
「っ、……っと」
「ねえ、ヴァーロ! 私ね、お父様に外出の許可を頂いたのっ! 一緒に街に行って下さいませんこと?」
「それは構いませんが、何も背中に飛びつかなくても……」
「だってヴァーロったらすぐに逃げちゃうんですもの。これくらいのことしなきゃっ!」


 俺は突然背中に飛びついてきた女の子を気遣い、そっと身体を屈ませる。
 彼女はゆっくり足を地面につけ、皺になったドレスを手で払い整えた。


 なんてお転婆なお嬢様。
 だけど其処が魅力的なのだと、この付近の貴族達は言う。俺にとっては迷惑この上ない行動力も飾り立てればチャームポイントになるのだから言葉は素晴らしい。


 だが確かに暗く沈んだ性格よりも明るく活発的な性格の方が好まれるのは世の常と言うものだ。
 俺は出来るだけ好印象を与える笑顔を浮かべながら彼女の手を取った。


「では、お供させて頂きますね」
「ふふふ、ちょっとだけなんだけどね」
「そのちょっとが貴方にとっては大事なんでしょう? 伯爵令嬢様」
「おべっかは使わなくても宜しくてよ。ヴァーロは私が拾ってきた可愛い『お人形』なんだから」


 腕に腕を絡めながら頬を染める『お嬢様』。
 金髪碧眼の色彩が可愛らしい貴族の娘。俺は着せられた人形服に視線を落とす。
 少女の好みに仕立て上げられたゴシック調の衣服は彼女と並ぶだけで『異質』を強調するようなデザインになっている。少なくとも難民や放浪者には見えないだろう。
 今だって道行く人々が自分たちを奇異的な視線で見ているのが分かった。


 街に二人で出かけることは多々あった。
 道筋は大抵決まっていて、最初に本屋に寄り、次に洋品店により、最後にはパン屋に寄って帰るのだ。
 決められたルート、決められた買い物、決められた足取り。全てが計算しつくされた其れは――――。


「お嬢様、付けられてますね」
「気にしないで。いつものことですもの」
「『いつものこと』だから、嫌なんですけどね」
「気にしちゃ負けよ。ヴァーロとデートするにはこれくらいのリスクは覚悟してたもの」


 彼女はそう良いながら買い物を手早く済ませる。
 今日は新しく白いワンピース購入していた。俺は「女の買い物」がどれくらい長いのか知っているから、店の外で待っていると言ったのだが、彼女はそれを許してはくれなかった。


「ヴァーロ、私ね、幸せになりたいわ」
「俺も幸せになってみたいです」
「ふふふ、私達の願い事って一緒かしら」
「かもしれません」
「じゃあ、きっと、幸せになれるわ」


 彼女はパン屋の主人から受け取った両手いっぱいの出来立てパンを、自分に持たせる。
 前が見えなくなるほど沢山の其れを手にした自分は若干ふらつきながら帰路に付く。そんな俺を心持ち支えるかのように彼女の手が腕に添えられた。


「ヴァーロ、貴方は私を裏切らないでね」



+++++



 次の日、彼女は誰にも何も告げず、文一つ残さないまま屋敷を去った。


 彼女の父親は声を荒げ、嘆き悲しんだ。
 殆どの召使達を一人娘の捜索にあて、寝る間も惜しむように心配し続けていた。


 そしてその間、俺は彼の傍にいた。
 いや、正しくは彼の傍に居させられた――だ。
 何故なら彼女は日ごろ自分と仲良くしていたし、俺を拾ったのが彼女だったからだ。当然ながら疑いの目は俺に行く。


 俺は彼女を裏切らなかった。
 何故なら彼女は俺を『拾った』人だったから。だからこそ俺もまた何を問われても、笑顔を浮かべているだけだった。
 だが彼女が居ない以上、客人として居座るには限界がある。俺は再び世界に足を向け、旅を始めた。


 そしてその数日後、彼女は発見された。
 いつもパンを買っていたあのパン屋の主人と共に――死体で。


 俺はそれを新聞で知る。
 彼女とその男に何があったのかは知らない。彼女達にしか知らない。
 もしかしたら父親が娘を追い詰めたのかもしれないし、娘が男と仲違いをしたかもしれない。
 紙の上の文章から読み取れるのは、『男女の変死体が街の片隅から発見された』とだけ。


 ああ、なんて幸せな時間。
 ああ、それはなんて幸せな二人。
 ああ、それはなんてしあわせな――――。


「名付けと拾ってくれた恩返しに望み通り時間稼ぎはしましたよ、お嬢様」


 俺は焼きたてパンを口の中に放り込みながらそう呟いた。



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