■ 10・テルミネ
「幸せ、見る、いりませんか?」
くいっと服が引っ張られ、俺はやや後方に身体が傾く。
一体何事だと振り返ればそこにいたのは一人の少年。キャスケット型の帽子を深く被り、ツバの下から赤い瞳が覗いているのが見えた。
「いりませんか? Mr.テルミネ」
「名前違いですが……」
「ここ、テルミネ。貴方、ミスター。みんなそう、呼ぶ」
「男相手なら誰でもテルミネ?」
「貴方、どうせ消える人。……幸せ、見る、いりませんか?」
再度問われ、首を傾げる。
幸せを『見る人』とは一体どういうことか。幸せは欲しいかといっそのこと問われたほうがまだすっきりする物言いだ。
バスケットを持っていることから言ってその中に「幸せを見る人」が入っているということか。中を見てやろうと思ったが、きっちり蓋は閉じられみることは叶わない。
物乞いの一種だろうと思い、相手にせずそのまま歩き出す。
すると少年は興味が失せたのか、どこかに走り去った。
「幸せ、見る、いりませんか?」
思わず顔を向けてしまう。
自分に向けられたものではないと分かって入るものの、自分以外がどういう反応を示すのか知りたくて。
見やれば、今度は女性に声を掛けていた。
女性もまた困ったように眉を顰めている。だが少年が必死に訴えているので無視は出来ないようだ。
ポケットの中から硬貨を取り出すとそれを数枚少年の手に握らせる。少年は嬉しそうに顔を歪め、持っていたバスケットの中から『何か』を取り出した。
女性も本当に品物が出てくるとは思っていなかったようだ。
顔はあまりよく見えないが、驚いているのは口元に当てられた手で良く分かる。
両手でそれを受け取り、まじまじと観察する。
彼女はふっと紅の引かれた唇を持ち上げると、少年に微笑んだ。
「有難う。息子へのお土産にするわ」
少年は大きく手を振りながら去っていく。
彼女もまた小さく手を振って少年を見送った。女性が其れの頭を撫でる度に頭部から長く伸びた耳がぺこぺことお辞儀する。
赤子ほどありそうな大きなそれを女性は大事そうに抱えていた。
ああ、なんて幸せな交錯。
ああ、それはなんて幸せな想起。
ああ、それはなんてしあわせな――――。
「何故、ピンクの兎?」
―――― ああ、その大きな瞳が『幸せを見る』のは、いつだ。