少しだけ、真実の話をしようかと思う。

 これは<第一世界はこにわ>から<第二世界ポップンワールド>へ至り、<第三世界アナザーエデン>へと辿る物語。



+++++



 それは『俺』が世界から<悪魔>と呼ばれていた存在であった頃の話。
 業火の中、揺らめく焔を纏わせながら生ける者へと己の力を振るっていた自分を恐れたのは、死せる者達。産まれた時からカウントダウンされる命はそれでも死を恐れ、死へと至らせる<悪魔>を嫌悪していた。
 闇の眷属達は<悪魔>を讃えてくれたけれども、光の眷属達はそうではない。
 炎と闇を纏う<悪魔>を毛嫌いした彼らとの対峙の日々は今はもう懐かしく、地上を消し炭にしたことも古い記憶の一つだ。


 海に炎を走らせ、道筋を描く景色は素晴らしかった。
 地上に灯火を溢れさせ、<小さき者達>がその身を焼かれながらも神に祈りを捧げる様子は可笑しかった。何故、と涙をこぼしながら<小さき者達>が<悪魔>を憎み、やがて灰へと至った事すら当時は心躍らせるものであった。


 世界はなんて楽しい地獄だろう。
 炎を纏う<悪魔>に逆らえる者は無きに等しく、創世神がこの世界を産み出したことを心から感謝していた。背を反らして笑う声は低く地上を響き渡らせ、光の眷属も<小さき者達>もその存在が見つからぬよう隠れていた事を思い出す。
 <悪魔>の揺らめく影ですら彼らを怯えさせ、涙を零れさせる。
 <悪魔>の纏う業火と闇が彼らを生から死へと至らせるのは――『世界の理』だとすら思えた。
 

 自由だった。
 束縛する者は誰一人として居ない。対峙出来ていたのは光の眷属達だけだったが、彼らとて<悪魔>の存在の拘束に困難を極めていた。
 腕を払えば風は嵐となり、足を大地に付ければそれは地震となる。掌を空へと持ち上げれば雷は響き、掌から溢れる炎で焼けぬものなどなかった。


 ……しかし<悪魔>はやがてとある神へとその身を拘束される事となる。


―― 神よ。これは我が自由であったための罰か。
「……いいや」
―― 木の幹に埋め込んだのは業火を役立たずだと知らしめる為か。
「お前の能力の無力化を意味している」


 淡々とその神――背中に『影』を背負った創造神は<悪魔>と対話する。
 晒し者のように高くその幹を伸ばした世界樹の先端にて<悪魔>は枷を付けられて手足を埋め込まれ、だがそれでも口は楽し気に嗤っていた。
 雲から覗く光の眷属は安堵しただろう。大地から見上げる小さき者達は<悪魔>の姿が見えなくなった事に安らぎを得ただろう。――それが、とても愉快でたまらなかった。
 未だ<悪魔>は此処に居る。世界に存在していることを忘れるな。そう笑って響く音は空中で分解されて彼らには届かない。


 己の首に突き付けられたのは三又の槍。
 青い影を有した神はその存在へと何事か命令するとその槍を引かせた。


「世界が崩壊するその時まで此処に居ろ」
―― それが望みか。神も我を恐れるのか! なんて滑稽! なんて哀れ!!
「いいや」


 その姿若き神は静かに言った。


「お前が暴れると祈りが響いて煩わしいだけだ」


 その瞳は真実を語る。
 <悪魔>を世界樹へと封じたのはたったそれだけの理由。それを聞いて一瞬理解が遅れるも、更に声を高らかに響かせる。
 ああ、神とはこんなものだったのか。我らを創造したものはこんな神だったのか、と。


 やがて目の前の神は何も言わず影と共に消えた。
 <悪魔>の笑い声は三日三晩朝夜関係なく続き多くの者の身を震わせたが、舞い上がらぬ業火、暴れぬ大地に皆が安堵したのは言うまでもない。



+++++



 少しだけ、『未来』の話をしようと思う。
 世界樹の先端での会話。それは<第一世界>での話だ。


 世界をどこまでも見渡せる世界樹へと封じられた<悪魔>は、歴史を見ていた。
 文明の発達。種族の細分化。<小さき者達>は知恵を力とし、発展していった。観測者へと成り代わった<悪魔>はそれでも封じられたまま世界を見下ろす。
 だがその心は変わらぬまま、闇色を宿していた。


「俺が自由にしてやるよ」


 そうやって世界樹の先端に上ってきた『少年』が言う。
 木登りが好きなのか、と冗談を含んで他愛なく問えば少年は唇を尖らせた。「好きだよ」と小さな声で返ってくると<悪魔>は笑った。物好きな『少年』は枝に腰を下ろし、片手を前へと……<悪魔>へと差し出す。
 青と緑を纏う白い肌。肌に纏うそれは洋服というのだと観測し続ける歴史の中で学んだ。


「そこにいるのはもう飽きただろ?」
―― 『少年』よ。この世界樹を己が力のみで上ってきた勇気を讃えよう。
  だが、我の身は神の力で億年と繋がれ、解放を赦さぬまま。
  世界の終りまであの傲慢な父は我に『此処に在れ』と捨て置いた。
「あの日、お前を捕まえたのは俺だ。<悪魔>」


 帽子の下の瞳は見えなかったが、唇が持ち上がるのが見えた。
 片手を真横へと滑らせ、そしてシュンっと風を切る音を鳴らしたかと思えばそこに出現させたのはあの日<悪魔>をとらえた三又の槍。
 懐かしささえ覚えるそれに目を見開く。億年という歳月を超えて再びまみえたのは<悪魔>と『神の影』であった。


「もうすぐ終末が訪れる――だが俺はもう世界を壊したくなどないんだ。この世界は創世と破壊を繰り返され続ける空間で、この世界もやがて父さんが「いらない」と口にするだろう。その時に俺はまた世界を壊さなければいけない」


 歴史を辿る『少年』は真実を明かす。
 我々のいる世界は何度目かの……数え切れないほど産まれ直した世界であると。もし、<悪魔>の手が動き握ってしまえばすぐにちぎれそうな細さの足をふらふらと枝の上で揺らしながら彼は己の打診への返答を待つ。
 ここは世界樹。
 神が他の者の存在を赦さぬよう閉ざしたはずの空間だったが、『少年』はそれを超えて訪問したというのであれば。


―― ならば我を解き放て。その時、世界の全てをお前に授けよう。


 業火と闇を内包し続けた<悪魔>は囁く。
 これは利用すべきだ。これは有益だ。己の自由を再び手に入れるための『価値ある少年』であると見抜いたからこその悪魔のささやき。
 だが笑ったのは『少年』の方だった。


「世界の全てなど要らない。俺が欲しいのは――」


 言葉の続きは槍が封印を解き放つ音で閉ざされる。
 世界樹の幹が剥がれ欠片が見えぬ大地へと落ちていくのを視界に留めながら<悪魔>は億年ぶりにその両手両足を空気へと晒す。
 枷と少々の鎖が手首に残ったけれども「いいじゃん、そのままの方が格好良くて似合うぜ」と『少年』は<悪魔>にぴっと指を突き付けて微笑んだ。



+++++



 終末が訪れたのはそれからわずか数日後の事。
 <悪魔>は世界がその端から欠片のように四散していく様子を世界樹の上から見ていた。解き放たれた<悪魔>は相変わらず観測者で在り続けたが、どうやらその役目はもう終わりのようだと口端を上げる。


 右手に力を込めればそこに浮かぶのは炎。
 億年の間に多少劣りこそしたけれども、業火と闇は未だ制御可能であった。火柱を出現させればきっと昔のように<小さき者達の子孫>を怯えさせることが出来る。また空を焼くことも、雷を降らせることも、水で命を流し殺すことも可能だろう。


 だが<悪魔>は待っていた。
 終末を待っていた。
 多くの叫びを世界樹の天辺で聞きながら、その大地がひび割れ、空が光を失い、全てが朽ちる時を待ち望んでいた。
 神よ。お前はこれから起こるべき全ての出来事を知っているはずだと、<悪魔>は何気なく空を見上げた。


―― 『少年』よ。これがお前の力か。
  これに比べれば我のなんて小さき事。
  光の眷属……神々に劣らぬ力を有していた我でさえ惚れ惚れする崩壊具合だ。
  これこそが本来の地獄! 貴様こそが<悪魔>にふさわしい!!


 己を解き放った者へ感嘆の声を上げてしまう。
 小さき者達の悲しみや怒りそして嘆きを観測しつつも、そこにあったのはただただ力への憧れであった。自由で在った<悪魔>では有せなかった純粋なる神の力。
 崩れ行く景色を見ながらもその力を掌握したいと……魅了された瞬間でもあった。


 そして、待ち望んでいた時は訪れる。
 世界樹すらも欠片へと変わり、崩れ去ってしまえばそこにあるのは『無』であった。


―― 来いっ!!


 『少年』が『父』に逆らったその瞬間。
 神の影であることを止めたその一瞬を<悪魔>は逃さない。既に終焉を終えた空間が開かれて落ちてくる幼い肢体は素直に<悪魔>の腕の中へと飛び込む。
 幼い顔の端から浮かび上がる数滴の水が意味するところは未だ<悪魔>には理解しがたい部分であったが、片手だけで充分受け止められるほど小さな身体を壊さぬよう力を押さえた。


 星の欠片を『少年』はその片手で捉える。
 もはや世界の屑と成り果てたそれを大事に両手で握り込み、悪魔の掌の上で暫し『少年』は目を伏せていた。


―― 神よ。己の世界を何度も作り直してもこれだけは初めてだろう。


 <悪魔>は神へと語りかける。
 あの日己を封じた神が言葉など聞いていないとしても語りは止まらなかった。


―― 己の子が世界を飛び出し新しく産む世界に何があるのか。
  『神』も<悪魔>とて分からぬその過去から未来へ至る世界を我らは移ろう。


 これは逃亡。
 そして対峙。
 影たる『少年』が確固たる『神』へと変貌を遂げた瞬間。


 『少年』は<悪魔>を連れながら世界を移動する。
 未熟者の力じゃ足りないから<悪魔>に存在率を燃やしてもらい、父親の手の届かない空間を作成するための力も借りた。その先に何があるのか、『神』とて知らない。
 だがそれこそ、<悪魔>が『少年』と共にすると決めた理由でもあった。


―― 見える世界などつまらん。見えぬ世界へと我は行く。



+++++



「『お前は決して俺にはならない』」


 神になった少年が最初に<悪魔>に与えた言霊。
 それは複製としての存在。悲しいながら<悪魔>であった頃の力は逃亡の手伝いで殆ど使い切ってしまった。神という存在の重さを改めて感じさせられ、疲れ切った<悪魔>はそれでも尚約束を守り続ける。
 ゆらゆらと業火の中から改めて産まれさせられた『同じ形』。色の埋め込まれていない『真っ白な少年』の姿であった。


 やがて己を作った少年の手には三又の槍があり、それを自分は惜しげもなく手にした。
 そして面白さからにぃっと口角を持ち上げた後躊躇なく真横へ薙げれば目の前の存在の頬に一本の傷がつく。つぅっと頬を伝う血の存在を相手は指先で撫で、一瞬にして消した。


「そうだ。お前はお前でいろ」


 神に反抗し続ける神でいろ。
 自分の望みを持ち続ける神でいてくれ。


 既に悪魔ではなくなった己はそれに同意した。
 新しく与えられた<小さき者>と同様の姿は目新しくついつい手足などの関節を面白おかしく弄ってみるが違和感はそれほどない。
 その様子を目の前の『少年』が笑ってみていた。


 次いで変える姿は青く揺らめく影。
 <悪魔>を束縛したあの頃の神の影と同一の姿に僅かな嘲笑が浮かぶのは……名残、だろうか。腕には枷が嵌められていたが、もう気にならない。


 そうか、<悪魔>が『神』になったのか。
 『神』に誕生の言葉を落とされ、もはや<悪魔>はどこにも居なくなってしまったのか。鶏が先か卵が先かなどとどうでもいい<小さき者>達の言葉を思い出しながら腕を組む。


 だがやがて相手が手を持ち上げたのを見て、影となった自分はそれを見下ろす。
 そして最初の契約を自分達は交わす。
 すでに『少年』でもなく<悪魔>でもなく、ただの『神』と『影神』として。


「出来たら、俺が寂しくなくなるまで傍にいてくれ」


 それは逃亡した神様の小さな願い事。
 彼の足元と己の足元が繋がっている様子を観察しながらも、この奇妙な縁の繋がりをただただ思う。



+++++



 少しだけ、隠された話をしようかと思う。


「あ、MZD発見」


 手に書類を持ちながらリビングへと辿り着けばそこには我が主人であるMZDとその子供であるフィア様にその影神であるエイダが居た。
 MZDを真ん中に左にフィア様、右にエイダが四人掛け出来るソファへと身体を沈めながら展開されたスクリーンを眺め見ている。そこから三人分伸びたコードは各々が着用しているヘッドフォンへと繋がり、どうやら何か音楽を聴いている様子。
 スクリーンの中では旋律が流れていく。
 また何か音を拾ってきたのかと呆れて肩を竦めると俺は背後から近づく……が。


「ちょぉおおおお!!」
「うお、びびったああ!」
「――っ」
「フラッグ、びっくりさせないでください!」


 MZDがソファから跳ねるように肩を持ち上げ、フィア様が声に驚いてヘッドフォンを頭に強く押し付ける。
 エイダが振り返っては軽い叱咤の声を飛ばしてくるけれど、俺はそれどころではない。俺の動揺にやがてMZDはにやにやと意地の悪い笑みを浮かべながらソファーの背に片腕を置いた。


「なになに、フラッグー。俺の曲をRimixしようとするなんて良い根性してるじゃん」
「え」
「これフラッグがRimixしたんですか」
「っ〜〜〜、今のところ発表予定のないRimixですが、なにか!! っていうか勝手に人のデータを覗かないでくださいよ!」
「俺、神だから〜。神権限発動で良いじゃん」
「俺も神ですけどね!?」


 MZDを除いた二人の反応からこれの制作者が誰なのか知らされていなかったのだろう。
 当然のようにMZDが手を加えたものだと思われていた事に意地の悪さを感じるが、その意図が分かるのは……億年超えの付き合い故でしょうかね。
 あの箱庭世界もとい<第一世界>からの逃亡の日からの付き合いの長さは恐らく随一だと思われますし。


 ここは<第二世界>。
 様々な音楽が満ち溢れるポップンワールド。
 楽しいことも嬉しいことも悲しいことも辛いことも全て共に過ごした『少年だった神』が作った世界は今、多種多様の生き物たちで溢れている。
 <悪魔だった男>が手助けし、MZDが創世したこの世界は決して崩壊を迎えない。少なくとも神の一存では行われない。


 俺はスクリーンに手を伸ばし、流れる旋律を止めようとする。
 だがその奥からはにょきっととある小さな影が姿を現し、「本当に止めるの?」という顔をする。むしろその言葉が頭に響く。
 その表情にぐっと息を止めた後、降参とばかりに両手を持ち上げる。『彼』はふよふよとスクリーンから出てくるとMZDの傍へと行こうとするが。


「おいで」


 呼んだのは俺。
 『彼』は嬉しそうに笑うと素早く俺の方へと飛んできてはふわりと肩に飛び乗った。自分はこんな可愛い子ではなかったはずだがと感慨深く思いながらも愛しの我が半身の背を撫でる。
 そう、<第一世界>の欠片を核とし産み出された世界にはまさに鏡面であった。
 最初の神に繋がる全てが此処にも存在しており、拘束され世界を観測していた俺にとっては懐かしい顔ぶればかり。


 だが世界は『同じもの』を産み出しはしない。
 似ていてもそれは異なる存在であり、時として名前すら異なる。だから俺と鏡合わせの『彼』は決して俺にはなり得ないのだ。


「うん、いけるな」
「何がですかー。あと次のパーティ会場用の書類に目を通した後サインもお忘れなく」
「フラッグ、これ次のパーティで使うぞ」
「……は?」
「発表曲として使う。俺の名でもお前の名でも通していいからもう少し手を加えた物を仕立て上げろ」
「――はぁあああ!?」


 間抜けな叫び声に自分自身が一番驚き慌てて口に手を添えた。
 未発表のつもりが最高権力者によって発表曲に変えられるとあれば正直心臓に悪い。フィア様が僅かに同情の視線を向けてくるし、エイダはエイダで楽しいとばかりに笑顔を浮かべている。
 肩に乗った子が俺の頭を撫でてくるのも……なんだか情けない。


「でもよ、なんで『Votum stellarum』をRemixしようと思ったんだ」
「あ、そこ突っ込んじゃいますか」
「普通に考えて突っ込むだろ」
「でーすーよーねー」


 俺は間延びした声を返し、もはや諦めという言葉でしか表現できない感情をあらわにする。
 持っていた書類をMZDに手渡せばソファーの端から俺はスクリーンへと手を伸ばす。MZDはジュースを飲みながら書類へと視線を落としているが、そのサングラスの奥の目が俺の手の先を追っている事にも当然気付いておりますとも。


「だってこれは『お星さまにお願い』から生まれたものじゃないですか」
「懐かしい企画だよなぁ。おかげでこの曲が俺の手から世界に響くことになった」
「だからこそ<第三世界>にも届けたい曲の一つなんですよ」


 月曜日、彼は音を作りました。
 火曜日、次には波を創り、
 水曜日、彼はそれを音とリズムへ分け、
 木曜日、彼は太陽の音楽を作成し、
 金曜日、彼は月の音楽を作成し、
 土曜日、彼は星の音楽を作成し、
 日曜日、彼はやっと満足して休んだのです。


 二人で産み出したすべての痕跡。
 空も海も大地も命も全部、全部。これらすべて懐かしい調べと変わり多くの人々に愛されることを俺は知っておりますとも。


 指がスクリーンへと触れれば一瞬にして世界がそこに広がる。
 そこは俺が作った<第三世界>。
 神に対抗出来ない悪魔が唯一愛した存在を攫う為に作ったアナザーエデン。
 そこにもまた『彼ら』や『彼女達』に似ている存在がいるけれども、巡る運命は異なることだろう。


 そう、<第三世界>は「神様の存在しない世界」。


 <第一世界>のような父も、<第二世界>のような音神もいない。
 なぜなら世界を作った神は未だ補佐として存在し続け、更に産み出した子らにたった一つの望みを抱いているからだ。故に我が子らが神様に祈りを捧げたとしても、決して神はそれを聞き届けたりなどしない。


「生きる者と死せる者達へと全ての選択を委ねた俺の世界ですが、『お星様』を降らすくらいはいいでしょう?」


 いずれ俺はMZDの影を終え、後継者にその立場を譲って降り立つ。
 その手には最愛の存在を握り、あの逃走の日とは異なる意味合いを抱きながらいずれ世界に降臨するのだ。
 ――けれども俺は望まない。
 『神』であることを望むことは決してない。もちろん<悪魔>も。


「俺はやがてこのサングラスを外し、貴方の『過去』を辿る存在へと変わる。だからこそその時にはこの音楽を『神に縋らない選択をした者達』へと届けましょう」


 それは確信の言葉。
 緑は大地を、青は海を、白は命を纏っていた『少年』へと俺は至る。人々の群れに足を踏み込ませ歩いていた思い出を俺はなぞることになるだろうから、と。
 そして白いキャンバスでしかなかった最初の俺もまた……色づくことだろう。


「そこはさ、辿るんじゃなくて超えていけよ」
「MZDが『この手を離さないで』と言っていた創世期が懐かしいですねぇ。あの頃は本当に可愛い子だったというのに……」
「あ、くそ、馬鹿フラッグ!」
「お前、そんなことを言ってたのか」
「いやいや、ほら、ね。俺結構寂しがり屋だからね!?」
「――そうだな。そこは認める」
「お願いだから否定しようよ、フィアちゃあああんん!!」
「ふふ、MZD様がそんな風に動揺する様も微笑ましいですね。私とフィア様では決して作れないものを二人は持っているからついつい表情が緩んでしまうじゃないですか」
「エイダも否定してくんないかな!?」


 寂しがり屋の神様が世界より先に産み出したのは『複製』でした。
 <悪魔>と共に逃走した先、神の影として傍に置かれ過ごした創世期はもう億年というとんでもない月日が流れてしまった今もふとした瞬間に思い出せる。
 ぎりぎりと苦虫を噛んだような顔をするMZDが俺の胸にサインが書かれた書類をぼすりと押し付ける。視線は「この野郎」と文句を言っていた。


「じゃ、俺はRemixの最終調整もするのでちゃんと仕事の方お願いしまーす」
「あ」
「俺に正式版を依頼したのは貴方ですからね。言葉には責任を持って働けこの野郎」
「くっそ、今回も仕事押し付けようと思ってたのに!」
「『出演者に裏の仕事を押し付けるような真似をしない』が鉄則でしょ。やる気を出せば一瞬で終わらせられるくせに、何言ってるんだかこのバ神は」


 そう言ってため息を一つ。
 俺の後継者である『子』が肩から頭に乗りながらきゃっきゃっと楽し気にその口を開いた。


「ねえ、MZD」
「ん?」
「最初のお願い事はもう叶いましたか」


 最初の契約。
 柔らかくそれをお願い事と言い換えて俺は確認する。MZDは一瞬瞬きを繰り返した後、「あー……」とばつの悪そうな顔をした。


「未だ後継者が育ち切っていない今はまだまだお前には俺の影として現役でいてもらわなきゃ困るっつーの」
「この寂しがり屋さんめ」


 うるせぇとクッションを投げつけられる。
 そんな俺達のやり取りを見て、フィア様とエイダが顔を見合わせてまたくすりと笑みを浮かべていた。


 俺達は巡り、辿り、そしてなぞっていく。
 背中合わせで対等な立場で在り続けることが彼の望み。神を殺せるのは神だけだから。彼を殺せるのもきっと俺だけだから。
 それは意識的な問題。
 もしもの場合はMZDと互角な力を持っているフィア様に出来ない行為を俺は行うだろう。


 世界の創世と崩壊を担っていた彼の最後の破壊活動。
 あれは何よりも儚く、美しかった。最後の灯火。業火ではない光は今も魅了してやまない。
 そう感じてしまう俺だからこそ力こそ未だ差はあれど、<悪魔>としての本能も掌握したままだ。
 その精神力を振るうことはこの先なさそうだけれど、この均衡した関係だけはいつまでも変わらないままでいてほしいと俺も彼も願っている。


「やれやれ、なら俺はいずれ『絆』をテーマにした音楽をお前の世界にも届けられるよう用意しておくとするか」
「楽しみにしておきまーす」


 だから今はどうかこの家族に甘えている彼を見守らせてほしい。
 世界樹を自力で上ってきた『少年』が辿ってきた道のりを俺も行くその時まで。


 ……否――君を超える、その時までは。





…Fin...


>> 『少年』と<悪魔>の逃走劇。

 <第一世界>は過去。
 <第二世界>は現在軸。
 <第三世界>は過去から現在軸へと似て異なる形で成長中。

 久しぶりの新作となりました「音神」ですが、各所に楽曲を置きつつも大好きな神一家を書けて幸せです。
 MZDとフラッグはいつまでも対等なままでいることでしょう。<悪魔>も本当に緩く丸くなったもんだ。

 ※<第三世界>のお話はシークレットモードもとい入り口を「誰かの言霊」に隠して繋げてますが、割と残酷な世界なので見つけた方はご注意を。

2019.07.06

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