きっかけは他愛のないアーティスト二人の会話。
 それに巻き込まれたのは一人の神様。
 たった一音。それだけで充分な理由になる――彼はそう麗しく目を細めた。


白い鳥と黒い鳥の蜃気楼




「いきなり走ってくるから何かと思えば」


 MZDは肩に手を当てながら目の前にいる存在へと視線を滑らせる。
 丁度自販機から出てきたペットボトルを取り出し、ひょいっと相手――もといDeuilのリーダーであるユーリへと投げつけた。放り出されたそれは緩やかな曲線を描きながらユーリの元へと辿り着き、ユーリは素直にそれを受け取っては蓋を緩ませる。
 もう一本、とこのポップンワールドの神様もとい創世神であるMZDはお茶のボタンへと指先を添え、やがて落ちてきたそれを拾い上げるとユーリへと再び視線を向けた。


「ユーリよぉ、お前それ本気で言ってる?」
「私はいつも本気だが?」
「わざわざジャケット撮影後の衣装のまま俺様を掴まえて何を言うかと思えば……」
「充分すぎる理由であろう。少なくとも私にとっては撮影を抜け出すに値する理由だ」


 ぐびっといい音を鳴らしながらMZDはお茶を飲み込む。
 ユーリは黒ずくめの衣装を汚したくないことと化粧が落ちることを今更ながら気にし、緩めたばかりの蓋を再度閉め、両手を左右に持ち上げて軽く肩を竦めた。


「『指名依頼』たぁ、お前も一流のアーティストぶってきたじゃねぇか」
「ポップンパーティが無ければ我らの名が世に響くのも遅れただろうよ。アッシュやスマイルのソロ活動に関しても拾ってもらっているところだし、感謝はしているつもりだが?」
「だが本件に関しては俺としても難しい依頼だぜぇ」
「だが、価値がある。私は自分が絶対と思い込んだらそこから動かないことをお前も知っているだろう」
「へーへー。じゃあ連絡を取ってやるよ。だけど断られたら絶対に諦めろよ。絶対だ」
「それは神の命令か」
「NO。これはお願い事だ」


 言いつつMZDは首に引っ掛けていたヘッドフォンを耳に装着する。
 それから足元の影が浮き上がる感覚と共に右手を横に滑らせて、二つ画面を開く。空中で足を組む神の様子をユーリは凝視しながら貰ったばかりのお茶にやっと唇を付けて一口飲んだ。
 展開されたモニターの向こう。
 呼びかけた先に応答したのは一人の神とその影神。


『MZD。どうした』
「フィアちゃーん。WHITE BIRDSのRimixの指名依頼入っちゃったんだけど、出来る?」
『――……は?』


 その間抜けな一音を聞いてユーリは予想通りの反応だと小さく微笑んだ。


 それは白い鳥の歌。
 だが蜃気楼の中で唄うのは黒い鳥。
 銀の髪に、赤い羽、中性的な顔立ちから紡がれる声が願うのはただ一つで。


「久しぶりだな、MZDの息子殿」
『ポップンパーティ十回目以来……か。いや、その後もモニター越しに会ってはいたな』
「時間がないので直で頼もう。キミに私の曲をRimixしていただきたい」
『……フラッグ、状況説明を頼む』
「え、そこは神様たる俺じゃなくて!?」


 まさかの話題の振り方にMZDは心外だとモニターに手を付ける。
 向こう側ではアップとなった手と顔が映し出され、MZDの息子――もといフィアと呼ばれる神とその影神は静かに顔を反らした。
 近い、と一言漏らすとMZDの後ろからは影神が脇の間に腕を差し入れすすっとモニターから距離を置かせた。


―― 言葉の通りです、フィア様。
  本来ならば「WHITE BIRDS」のRimixはMZDが行う予定だったのですが、なぜか担当者様自らのご依頼となっております。
『理由が分からない』
「神である俺でも分からないんだから直接ユーリから聞いてもらっていいか。フィアちゃんがRimixするとか……もとい、音楽に携わっている情報は外部には流れていないはずだ。実際フィアちゃんが作成した音は俺だけのもので――」
『素直に下手だと言ってくれていいぞ』


 MZDが己の胸に手を置いてまるで恋人の音楽は全部自分のものだと語ろうとするも、そこは隠し事するべき問題ではないとあっさりフィアは言葉を被せた。
 フィアはといえば突然の連絡に空へと飛び立ち、影神に身体を包まれるような格好で浮きつつもこの状況に頭を捻る。彼もMZDのように音を弄ることはあるが、それら全て『未発表曲』。
 理由は簡単で、ポップンパーティに出せるような音を生み出せたとは彼自身が思っていないからだ。フラッグのように普段からMZDのRimixの手伝いをし、時に二人で意見を出し合い、ぶつかり合って生み出すような事もない。


 ならば、何故?
 その疑問は影神を含む四神の頭に当然よぎる。
 だが神々のやり取りに再び言葉を挟んだのは依頼者。


「私はキミの音を聞いたことがある」
『……どこで』
「キミの親友が我が城にいるのは存じているだろう。その親友の前で気を緩ませた事に心当たりは?」
『あ』


 そこで合点がいったとばかりにフィアが額に手を当てた。
 ユーリの兄の子で橙色の髪の毛を持つ人狼の前で一度だけ空に五線譜を引いたことがある。あの子は空を飛ぶことが出来ない子だったから、フィアがふわりふわりと浮き上がることを羨ましいと笑って言っていた事を思い出した。


 それはとある日の思い出。
 あの子が誕生してから成長を見守り続けたフィアの……おそらくミスだ。
 MZDの息子だとあの子にばれてから「おにぃさんは音楽を作らないのですかぁ」と何度も問われ、期待のまなざしを向けられ……最終的に子供の前でだけならと五線譜を空に描いた。
 神様だと知られてしまった後でも極力神の力を使わないようにしていたけれど、その時ばかりは音楽を響かせるために二人で見上げた森の中の青空に五線譜を引いて流したメロディー。


 それは自曲であった。
 誰の曲を改変したものでも、カバーしたものでもない。自分だけの曲だった。
 まるで投影したかのような五線譜は最後にはゆらりと煙のように消えて、音楽も共に一音を森の静けさの中に沈んだ。
 その曲はMZDを筆頭に神々だけが知っていて、神域以外で披露したのはあの子にだけ……のはずだったが。


「私はあの時城に戻るために空を飛んでいて、その時見た蜃気楼のような美しき五線譜を忘れることが出来ない。MZDにこの曲をRimixさせてほしいと言われた時に真っ先に神の息子であるキミに私の曲を預けようと――否、キミ以外に預けたくはない。私は私の曲を愛しているからな」
『だが、俺の手腕では……』
「キミが奏でた曲は親友を笑顔にしただろう」
「ちょ、ユーリ。フィアちゃんが駄目って言ったら諦めろって言っただろう」
「だが、私はこの曲を『黒い鳥』にしか預ける気はしない。それにまだ断りの言葉は聞いていないからな」


 腕を組みながらユーリはふんっと強気に笑う。
 撮影用にうっすらと塗られた紅が怪しく蛍光灯の光を吸って反射する様子は流石吸血鬼さながらの魅力を湛えていた。更に中性的な面立ちがそれを自然体とさせる。


 モニターの向こう側で理由を聞いたフィアはとうとう無言になってしまった。
 口に人差し指を折り曲げたそれを押し当てて返す言葉を選んでいる事がその場の誰もが分かる程に。
 人間嫌いの彼だが、ユーリのような妖怪、人外と接触することに対して抵抗はない。その人間嫌いとて大分薄れては来ているが、今沈黙を保っているのは別の理由からだろうことはMZD及びフィアをよく知る面々には伝わってしまった。


『黒い鳥とは俺の事か』


 やがて開かれる神の唇。
 ユーリは一度頷き、そして何も持っていない手を大きく広げた後ゆっくりと頭を下げる。まさにそれは敬意を込めた行動で、その背に宿る赤い翼が彼が純血の吸血鬼で在ることを皆に知らしめた。


「私の『白い鳥』を『黒い鳥』へと手渡す理由は先ほど述べた通り。空を飛べないあの子に対し、神の息子であるキミは黒き服を纏う空を飛べる鳥であった。そしてその鳥の囀りの音楽を私は耳にしており、その音を私は己の曲に組み込みたい」


 真摯に願う様子にMZDは思わず眉間に皺を寄せる。
 これが自身の息子にどう作用するのか――神と言えど同格の力を有する対たる存在の未来は見えない。母親が好きだった音の列。父親である自分が集め続けている音楽を生み出せと、依頼された立場の息子は今何を感じているのだろうか。
 MZDはそっと己の胸に手を当てる。
 同一心――感情経路を繋げたその瞬間から、一定ライン以上の感情の波は自分に伝わるように仕組んだ糸はまだ何も伝えてこなかった。


 ユーリは嘘をつかない。
 故に自信がある。自分の言葉が嘘か真実か神が見抜くであろうことに対して、彼は堂々と胸を張ることが出来た。
 そしてユーリは自重しない。欲しいものは欲しいとはっきり口にする。その性格ゆえにメンバー達ともぶつかることはあるがそれは彼らを信頼しての発言でもある。
 そんな彼が今欲しがっているのは、『黒き鳥の囀り』。


『MZD』
「いや、断ってもいいんだぞ。ユーリは確かに古き時代からポップンパーティには欠かせない存在で在り続けてくれているが、俺としてはフィアの意見や感情の波を尊重したい」
『ユーリ……だったな』
「名前を覚えていただけているとは光栄」
『俺の名前はフィアレスという。皆はフィアと呼ぶので、お前もそちらの名前を使ってくれ』
「ではフィア殿。是非に私の音楽を手に取って聞いていただきたい」
『――白き鳥の音なら、知っている』


 ふぅっとフィアはモニター越しに息を吐き出した。
 腹部で両手を組み合わせ身体の力を抜く。それを優しく抱き留めたのは己の影。黒い帽子のつばを軽く摘まんで僅かに下へと下げるとフィアは僅かに顔の上部に影をかけたまま、改めてモニターへと顔を向けた。


『カゴの中の鳥はどんな生き方を映し出すのか』
「それは蜃気楼のように」
『闇に閉ざされた白い鳥は黒い鳥と共に飛べるとお前は本当に思うか』
「否、むしろ闇に溶けていただきたい。私が望むのはただのカバー曲でも平行した音楽でもなく、融合したRimixだ」


 問答。
 まさに呟きのようなフィアの言葉にユーリが返すものはそれであった。下げていた頭を起こして二人、モニター越しに対話するそれは既に答えが決まっていたようなもので。


『フラッグ、Rimix提出期限を後で教えてくれ』
―― 了解です。
『エイダ、すまないが暫く俺は部屋に籠る。食事を取らなくてもいい身体ではあるが、人間を模している以上多少の栄養は必要なので、簡単な食事を頼む』
―― 我が家にもIHコンロがやってきた時の感動を思い出しますねー。
『MZD』
「はいはい、もう俺様は何も言わないよーだ」
『いや、口出ししてくれ』
「んお?」
『俺の音楽がお前の音楽にならない程度でいい。ダメ出しをしてもらって構わない……と、思ったが、MZDも忙しいか』
「私の方にならいつでも訪問していただいて結構ですよ、フィア殿」
「あ、くそ、ユーリ。うちの子を口説くなよ!」
「MZD、お前は他のRimixで手一杯だろう? それくらいなら私直々に音源を聞いて修正を願った方が早いに決まっている」
「っぐ、ぐぐ」


 ふんっとユーリが勝ったとばかりに優勢の表情を浮かべる。
 フィアに向けていた口調とは違い、崩れた言葉遣いの中に二人の付き合いの長さを感じた神々は同時に呆れた表情を向け、ある者は肩を持ち上げるばかり。


『ではお前の白い鳥を預かることとしよう』
「『Cry Out』のRimix……以前MZDが行ったものとは異なる音源を楽しみにさせていただく」


 これにて依頼成立。
 あとは成就を待つばかり。第一段階である『指定依頼』を見事成し遂げたユーリは気分を良くし、再度深々とお辞儀をした。
 だが、立ち去ろうと踵を翻す間際、彼は一言残す。


「そうそう、このRimixには『Mirage Mix』と名付けて頂きたい」


 あの日、ユーリが見た五線譜の蜃気楼。
 それを造りたもうた神が手掛けるのであればそれはただのRimixと名付けるには相応しくないと、立ち去っていく足の音に紛れて最後の依頼をしていく様子をフィアは最後まで見届けた。


『蜃気楼に惹かれる白い鳥は時を超えて飛び立てるだろうか』
「黒い鳥の闇に溶けて生まれ変わるんじゃね?」


 WHITE BIRDSの歌詞になぞらえたフィアとMZDの会話。
 MZDはモニターに潜っていた名無しの影神へとオリジナルの楽譜を手渡す。それはフィアの元へと転送され、彼はそれを手にし……ふっと息を吹きかけた。
 瞬間、楽譜はただ揺れるだけではなく、息を得る。仮初めの命を得る。翼を得た音楽の鳥は黒き神の周囲を羽ばたき、やがて肩へとその羽を休めた。


 白い鳥よ。しばし闇と共に在れ。
 そして生まれ変わったその先にあるのは――。


『蜃気楼のような音源が作れるのであれば、俺もお前に追いつくかな』


 お前と言ってMZDを見やる。
 視線を交わせる二人の神もといMZDはにぃっと口端を持ち上げると、ズボンポケットの中に両手を突っ込みこう言った。


「フィアちゃんにだって俺には追いつかせねぇよ。過去に『六本木のアクマ』と呼ばれた俺様をなめんなって」


 どこまでも強気な神様は、今日もやっぱり強気。
 彼が生み出す音楽の一欠けら分にでもぶつけられるのであれば、それはきっと成長の証であろうとフィアは白い鳥の頭を指先で優しく撫でた。





…Fin...


>> ユーリ&MZD⇒黒神。

 このRimixが本当に大好き。階段練習曲としては最適ですよね。
 曲担当はどの神かなと考えた結果、そもそもリミ音源が我が家では黒神Rimixだなと落ち着きました。
 我が家ユーリは基本我を貫く系ですが、敬いは忘れない男。ちゃんとキミとも使う。でも2Pサイドもとい家族相手には偉そうに貴様発言とか色々やらかしてます。

 ちなみにユーリと黒神が明確に出会った話はMZD部屋にあるポプ10パーティ話「fear・less・0」、その後に出会った話は夢小説の「Welcome to the parallel world」となります。
 夢小説は主人公がポプ13くらいまでのキャラ達とどたばたしてるオールキャラ話となってます。多分気軽に読める話ではあると思うので興味があればぜひこちらも。
 ちなみにMZDと黒神が割と重要ポストだったり、対応がまともだったり、戦闘してたりしてます。(重要)

2019.07.17

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