「おーとーこーなんてーだーいきらいですですぅー!!」
「お前半分男だろうが」
「っていうか僕達も男なんだけどー」


 うわぁあんんっと両手を口に添えて大声で海に叫ぶリースにウィステリアとビィトは顔を見合わせて肩を竦めた。
 潮の香りがつんっと鼻を擽る。辺りを見渡せば、そろそろ夕日が落ち始める時間帯だった。


 リースがこんな風に叫ぶにはもちろん理由がある。
 そうとても簡単で一言で済む理由が。
 簡単に説明するとリースはある人に『フラレた』のだ。


「うわぁあん! 世の中の男ってなんであんなに心が狭いのー!!」
「暗に俺達も貶されてる気分になるんだが」
「ぶーぶー、だからそろそろ僕と一緒にらぶーしようよー!」
「手近で済ませるみたいで絶対にいやー! ウィスちゃんは一生お友達でいましょうですですー!」
「……ねえ、ビィト。僕さり気なく恋愛候補から外された?」
「いや、さり気なくどころか堂々と外されたぞ


 顔の前で手を左右に振って突っ込む。
 ぷっくぅっとウィステリアは頬を膨らませ、ぷいっと横を向いた。過去数度それっぽい言葉を吐いているウィステリアではあるものの、きっぱりはっきり言われるのはやはり何処となく不満らしい。
 もちろん互いに冗談だと分かってはいる、が。


 ビィトはリースの背中をぽんぽんと数度叩いて慰める。
 ついでにウィステリアの頬を抓って顔を戻した。


 ――――さて、話は数時間前に戻る。
 リースは数ヶ月前からある男性に注目していた。この場合はもちろん恋愛対象として、だ。「いいな」と思って見つめているのも限界になり、勇気を出して告白をした――はいいが、見事玉砕。
 同内容の行動を過去何度も何度も繰り返した。
 今回はその『何度目か』である。


 場合によっては相手の方から付き合いを申し込んでくることだってある。
 リースも年頃の子供なのだから『恋人』を作っても問題はないだろう。もちろん家族だってそう思っているし、リースだって恋愛ごとに興味がないわけではない。
 だが付き合いが始まったとしてもすぐに別れてしまうのだ。


 理由はいたって簡単。
 リースの特殊な性別を明かすと皆よい顔をしないのだ。


 元々性別に対して異常なほど嫌悪しているリースは、相手のそういう反応を察した瞬間、昂っていた熱はまるで水を被せられたかのように冷えてしまう。
 どれだけ好きだと思っても、その部分だけはリースの中で病のように蝕んでいた。最初から理解を得ようだなんて無理な話だということはリース自身も分かってはいる。だがぎくしゃくした雰囲気は破局を促し続けていた。


「ほら、リース。いい加減にしないと近隣住民から苦情が来るぞ」
「うわぁああんん! 折角海に来たのにぃー!」
「わざわざ叫ぶために俺を呼び出したくせに」
「だってウィスちゃん免許持ってないし、カイン叔父様何故か出掛けちゃってたんだものぉー! 私に自転車で山超え谷超えしろって!? 鬼ぃー!」
「用事もないのに駆り出された俺は可哀想じゃないのか……」
「うっせぇ、ロリコン!」


 びっしぃっと指先を突きつけ、ふんっと鼻を鳴らす。
 ビィトは其れをべしっと手で掴み、怒りを露にずずいっと顔を寄せた。


「お前な。失恋したっつーから此処まで付き合ってやってんのに、元気じゃないか!」
「事実じゃないですかぁー! あーん!」
「そうだよねー、ビィトがロリコンなのは変えようがない事実だよねー」
「ウィス!! お前まで何を言ってッ――――」
「うわぁーん! いくら相手が神様だからって付き合い始めた当時、見た目十歳未満あーんど生後数ヶ月の女の子に手を出したのは犯罪だと思うのですですぅー!! そんな裏秘話ー!」
「りーちゃん違うよー、ビィトが手を出されたんだよー?」
手前ら、いい加減にしろよ?


 ぴきぴきと見事なまでに綺麗な青筋を立て始めたビィトはがしっと二人の顔を片手で掴み、そのまま勢い良く力を込めた。当然二人の頭はゴンッ! と良い音を立てながらぶつかる。沢山の星が辺りに散らばり、二人はめまいを起こす。そしてそのまましゃがみ込んで痛みに涙する。
 スカート姿で大股を開くその姿にビィトは思わず溜息を零してしまった。


 ポケットの中に手を突っ込めば其処には車のキーがある。
 ビィトは数十メートル先の道路に無断駐車してある自身の軽自動車に向かって二人の腕を掴んで歩き出せば、砂浜には三人分の足跡、そして引き摺った跡が残った。
 遠隔操作でドアを開き、そのままリースの身体を中に押し込める。ウィステリアは掴まれていた手を払い、助手席に乗り込んだ。


「おら、とっとと乗れ!」
「うぃ〜……ビィトの乱暴者ー!」
「ぶー! 頭痛い〜!」
「とっとと帰るぞ、そろそろ飯だ。今日は久しぶりに親父達が帰ってくんだから城にいてやらないと寂しがる」
「ビィト達って子供が成人超えてもきっちり親子してんだよねー」
「け。パパ達なんかリースのこと結構放置プレイですですよぉー? ディアお兄ちゃん達なんて年中二人の世界ですしぃー」


 後部座席からリースが顔を覗かせふてくされた顔を見せる。
 シートベルトをしろと額を小突きながら押し込めてやれば、文句を言いつつも腰にベルトをセットした。
 車を動かし、帰路に着く。
 リースの機嫌はまだ直っていなかった。


「あ、ビィト。私は途中で降ろして下さいですぅー。ジズ叔父様のところに行かなきゃ」
「んー? お迎え〜?」
「そう、あの子は今日もぜぇーったい屋敷に行ってるんですから、引き摺って帰らなきゃ!」
「心配するくらいならいっその事一緒に連れてきたら良かっただろうに」
「こんな情けない姿見られるのがいやんですよぉー!」


 親指を立て下に向けて何度か振る。
 そのブーイングの様子にビィトは頭痛を感じた。その心は乙女心と言っていいのか、それとも単純にプライドの問題なのか。興奮で橙色の髪の毛が揺れるのを二人は呆れた顔でバックミラー越しに見た。


 『あの子』。
 家族に加わった頃、拙い言葉遣いだった黒髪碧眼の少年のことだ。当時は中身の成長が外見と合わず、生活的に中々苦労した。だが年月は悠々と流れ、今となっては外見と内面との差などない。流暢に言葉を話すし、行動にも落ち着きが出始めた。
 静かに微笑む様子を見ると改めて時間の経過を感じてしまうくらいだ。


 そんな風にリースが指し示す対象の子供を脳裏に思い浮かべながら、三人ともほぼ同時に連想的に白装束を着た幽霊を思い出す。
 瞬間、ずきんと酷く胸がしめつけらるが誰もその事は口には出さなかった。
 被害者と加害者と犠牲者。
 傷を付け合ったあの件については無駄に話して気分を害したくないというのが彼らの無言の意見だった。


 静かに道路の脇に車を止める。
 広がっている森を眺めながらリースはくっと胸を張るように息を吸った。


「じゃ、行ってくるですぅー」
「此処で待ってるからすぐに帰って来いよ」
「何かあったら絶対に声を出して」
「分かってるですよー」


 ドアから飛び出し、森へと駆けて行く。
 その様子を見送りながら、ビィトはシートに深く身体を沈めた。ウィステリアもまた何処か疲れ切った顔をしながら、だらりと身体中の力を抜く。
 お互い会話をする気力も浮かず、結局リースのいなくなった車内はしんっと静まり返ってしまった。


「ね、ビィト」
「んー……?」


 先に声を出したのはウィステリアだった。
 気だるそうにビィトは返事をしつつ、窓を開いて外の空気を車内に招いた。ウィステリアもドアに肘を付きながら外を眺めみる。


「リーちゃんってさー、いつの間にかぼんきゅっぼんに成長しちゃってさー、僕らが変な男から護ってあげてんの気が付いてないんだろうなー……」
「本人無自覚だからな」
「実は昔っから可愛かったしねぇー。買い物最中にナンパとか良くあったもんねぇー。変なオジサンに狙われた時なんて僕らでひっそり蹴散らしてさー」
「あー、主にお前がな。後は……キュールが」
「クレスはリーちゃん命だったからねぇー」


 瞼を下ろして思い出に浸る。
 背中に結わえた金髪をふらふらと揺らしながら悠然と闊歩する様が未だに忘れられない。すでに死者となってしまった家族を思い出すのに戸惑いはなかった。
 ただほんの少し唇から飛び出すのに時間が掛かってしまうだけで。


「クレスはねー、家族以外には容赦ないの。敵に回したら本当に怖いタイプでさー。……リーちゃん関係でクレスが赤の他人を何度再起不能にしたか知ってる?」
「聞きたくねー」
「笑いながら蹴るんだよ、『あそこ』をさー。その話を聞く度によく訴えられないなーと感心したもんだよー」


 ふっと遠くを眺めながら乾いた微笑みを浮かべる。
 同じ男として何か思うところがあるのかもしれない。窓から入り込んでくる風が紫色と緑の髪の毛を撫でて横に去っていく。
 車に埋め込まれている電子時計がぴっと音を鳴らし、午後七時を知らせた。


 ビィトは下から覗くかのように身体を前に倒す。
 珍しくにやっと笑ってやれば、ウィステリアがきょとんと目を丸めた。


「なになに、お前実は本気でリースのこと気になってるとか?」
「何を言うの、ビィト! 僕は可愛いものらぶーだよ!? 狼形態なんて僕のハートを狙い撃ちだよ!? リーちゃん可愛いよ!」
「何が言いたいのか訳わかんねーよ」
「大体ね、リーちゃんはね! クレスのこと追いすぎなんだよ! ビィト、気付いてる!? リーちゃんが付き合う男ってクレスっぽい人ばっかなんだよ!? 好み分かりすぎだっつーの!」
「あれは一種の刷り込みだよな……実際問題俺が来た頃凄かったし。毎日毎日べったべたなコミュニケーションだった」
「っていうか、ビィトもいつの間にか幼女射止めちゃってるし、僕だけある意味弾き者ー!!」
幼女言うな


 うわぁーんと今度はウィステリアが無駄に叫びだす。
 別にビィトもリースも彼をはみ出し者にした記憶はないし、これからだってするつもりもない。ただやっぱり年齢が増すと環境と心境の変化が寂しくなる部分があるだけ。


 ウィステリアの様子に慣れきっているビィトは相手にしないことに決めた。どうせすぐに喚き疲れるのだから、と。
 その読み通り、ウィステリアは上を向いてあーと無駄に疲れた声を出す。
 そして言った。


「ねー。僕ら絶対リーちゃんに『男扱い』されてないよね……」
「言うな」


 兄弟じゃない家族。
 男女の性なんて関係ない距離。
 だから今更意識し始めるだなんて意味のないことだ。


 自分達はリースが好きだ。
 けれどそれは決して恋愛じゃない。家族愛のように無条件に、そして友人よりも近く深い。親友よりも悪友。悪友よりも仲間。手を取り合って駆ける毎日を一緒に過ごす戦友。


「ま、でもこれが僕らのあり方だよね」
「その通り」


 こつんと拳同士をぶつけ合う。
 リースが帰ってくる間の僅かな空白の友情は出逢った頃から変わらない。


 ほらどちらからともなく笑う、それが何より好きな空間だ。





…Fin...


>> 未来形な子供組の成人超え風景。

 大体2〜3年後。っていうか罪因の迷妄時辺りですでにビィト=18歳くらいだったとかいうそんな小さな設定。
 相変わらず三人で馬鹿やってるといいです。恋愛なんてどうでもいい関係をやってるといいです。リースは暫くキュールの面影に振り回されているといいです。

リース=実年齢10、11歳、外見17、8歳くらいの女性体系
ビィト=21歳
ウィステリア=大差なし



2007.03頃執筆(ファイル記録より)
どうやらサイトに上げ忘れていた様子…。発掘してびっくりした。
【ビィト×クラィ嬢】はもはや我が家の公式。

◆検索等でやってきた方はこちら◆

inserted by 2nt system