『さあ、いよいよヒナの巣立ちの時です』
街角のテレビから流れる声を、聞くともなしに聞いた。何とかという鳥のヒナが成長し、巣立つ時の様子を紹介しているらしい。
さり気なく、隣を歩く弟を窺い見る。彼はテレビの内容など気にする素振りもなく、オレと手を繋ぎ楽しげに歩いている。


巣立ち。親離れ。
人間も動物も、ある程度の期間親に守られ育てられた後は親元を離れて歩き出す。人間の場合は幾らか例外もあるものの、子供はいつか親から独立する。

自分だってそうだった。ならば、生まれた時から今までずっと一緒にいるスマイルも――いつかはオレと繋いだこの手を解いて、オレの元を離れて行くのだろう。それはある意味成長の証でもある。

だが、オレはその時が来る事を恐れていた。スマイルと離れ離れになる事を恐れていた。弟とはぐれてしまわないようにと、しっかり握ったこの手がその証拠だ。
弟のためでもあるが、それだけではない。何よりも、唯一の心の支えである弟を失う事を恐れる自分のために。


不意に、するりとスマイルの手が離れた。どうかしたのかと見れば、弟もまたオレを見ていた。
「‥‥」
「‥‥」
互いに目を丸くして立ち止まり、しばらくの間無言で顔を見合わせる。
「‥‥スマイル?どうかしたのか」
「ん‥‥ううん、何でもないっ」
問いかければ、スマイルは笑って首を振った後に手を繋ぎ直した。
「しっかり繋いどけよ?はぐれちまうぞ」
「大丈夫だよ、ちゃんと繋いでるから」
しっかりと繋ぎ直して、何度も確認して。2人でまた歩き出す。

「‥‥」
オレは自分の事ばかりで、弟が何を思っていたのか想像だにしなかった。


「‥‥お兄ちゃん、ちょっといい?」
こう切り出されたのは、この日泊まっていた宿で夕食を取った後だった。
「んー?何だ、何か相談か?」
「うん‥‥」
頷いたものの、そのまま俯いてなかなか喋ろうとしない。
「スマイル?」
「‥‥えっ、と‥‥」
オレが首を傾げていると、スマイルは空のマグカップを持っていた手に力を込めた。どうやら随分と決断が必要な相談らしく、しばらく沈黙が続いた。

時計の秒針が3周して帰ってくるのが見えたところで、スマイルがようやく顔を上げた。
「‥‥あのね、怒らないで聞いてね」
「大丈夫だよ、ちゃんと聞いてやるから言ってみな」
「うん‥‥」
スマイルはもう一度目を伏せたが、今度はすぐに口を開いた。
「あのねお兄ちゃん、ぼく‥‥ぼく一人だけで、旅してみたいんだ」
「‥‥え?」
思いもよらぬ言葉に目を見開く。すると、慌てたような言葉が続いた。
「あっ、お兄ちゃんの事嫌いになったワケじゃないよ!お兄ちゃん大好きだし、ずっと一緒にいたい、けど‥‥」
途切れがちになった言葉を一度呑み込むようにしてから、スマイルは再度顔を上げた。
「‥‥やっぱり、お兄ちゃんに甘えてばっかりじゃいけないと思うんだ。寂しいけど、ぼく一人でいろんな所歩いてみたいなって思うし‥‥」
口調は躊躇いがちでも、その目には真剣さが窺えた。
「‥‥ダメ?」
鮮やかな青色の髪の奥に見える赤い左目が、悪戯を咎められている子供のように不安げな視線を送る。もう随分大きくなったというのに、顔つきはまだまだ幼い。
‥‥いや、オレが子供だと思っているからそう見えるのか。

甘えてばかりではいけない。自分より幼いはずの弟の方が先にその答えに辿り着いた。
相手に頼ってばかりいるのが良くない事を認められない、弟から自立できていない自分こそが子供だったのではないか。

子供だとばかり思っていた弟が話した考えに、オレはしばらくの間何も言えなかった。

「‥‥お兄ちゃん?どうかしたの?」
こう言われて初めて、弟の目に映る自分が泣きそうな顔をしている事に気がついた。
「何でもないよ、大丈夫だ」
「でも‥‥」
「いやー、お前がそんなしっかりした考え持ってたなんてなー。大人になったんだなぁ、兄ちゃん驚いたよ」
心配そうに自分を見る弟の頭を、わざと髪がくしゃくしゃになるように思い切り撫で回す。大きな瞳が驚きと期待に満ちたものへと変わった。
「‥‥いいの?」
「当たり前だろ、スマイルがやりたいって言い出した事をダメだなんて言う訳ねえって」
まだ僅かに不安を抱いていたスマイルの表情が、ようやくいつもの輝きを取り戻した。乱れた髪を手櫛で整えてやる。
「今日はもう日も暮れたし、明日ここを出てからにしような」
「うんっ」


奇しくもこの時いたのはオレ達の生まれた土地、両親の墓が近い場所。スマイルの希望で、2人別れて旅に出る事を報告に行った。

「お父さんお母さん、ぼく達ね、今までずっと一緒に色んな所歩いてきたけど、今日から別々に旅しようと思うんだ」
墓の前に座って手を合わせるスマイルの後ろ姿を見つめる。同じ場所でまだ赤ん坊だった彼を抱いて立っていたあの日が、ついこの間のようだなどと妙に年寄りじみた事を考えた。
「‥‥じゃあ、行こう」
「‥‥ああ」
お互い、知らず知らず口数が減る。立ち上がったスマイルの表情は今にも泣き出さんばかりだったが、きっと自分も同じ顔をしていただろう。それを何とか笑顔で塗りつぶしたまま、墓の前を離れた。

墓地を出て数百m、道が枝分かれしている場所まで手を繋がずに並んで歩いた。恐らく10cmもない、そんな微妙な距離がもどかしい。
道の分かれている場所に立ち、先に口を開いたのはスマイルだった。
「‥‥じゃあ、ここで」
離れると決めた。「そんな顔すんなって。絶対また会えるから、な」
繋いでいた手を離すと決めた、依存し過ぎる互いのために。
「‥‥そうだよね。また、いつか会えるよね」
2人きりの狭い世界を、少しでも広げるために。
「ちょっとの間離れるだけだ。だから必ずまた会おうな、約束だ」
最後に、互いの小指1本だけを絡め合わせて、
「‥‥元気で」
繋がれ続けていた手は、静かに解けた。







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