( 物 語 の 『  続  き  』  が 紡 げ な い )


 死神の歌が聞こえる。


 そのバラットはやがて静かに闇の中に葬り去られ、無音になった世界に私はまた漂う。
 胸の上に手を置いて屍のような時間を過ごす。毎日毎日、心の中はそんな風に静止しながら生きた。この日々がやがて今まで過ごしたものと同じように過去になるものと分かってはいるものの、それでもあの屋敷に戻ることは躊躇われた。


 人形が動く気配。
 (無意識のうちに動かしてしまっただろうか)
 人形が近付く気配。
 (無意識のうちに呼んでしまっただろうか)


 黒髪碧眼のあの子は元気にしているだろうか。
 腕をゆったりと持ち上げて誰かの頭を撫でる仕草をする。そこに絡むものなどなにもないとわかってはいるのに、それでも子供にするように上から下へ何度も撫でた。


 黒髪碧眼のあの子はまだ生きているだろうか。
 胸に引き寄せて抱きしめる。空気しかないと頭ではきちんと理解しているのに、そうせずにはいられなかった。指先は何も掠りやしない――――けれど触れているのだと信じて。


 朧に瞼を押し上げ、首をころんっと真横に向ける。
 円形テーブルの上には未だ不恰好な人形とそれらを作り上げるための器具が所狭しと並べられていた。赤いリボンタイだけが人形の身体には巻かれ、貧相な体付きを晒す。
 私は其れを見て自分がどういう状況なのかを知る。


 ああ、また人形作りの最中で眠ってしまったのか。


―― 『彼』をモチーフにした人形を一体作りなさい。


 その約束すらまだ自分は果たせていないのだ。
 反対側へと顔を動かせば、窓からは光が入ってこようとしている。時間はそろそろ明け方。私は欠伸とともに身体を起こした。
 すんっと鼻を鳴らせば腹を擽るいいにおいがする。それが朝食のものだと理解した途端遠慮なく腹の音が鳴り響いた。


 自分も相当早起きだと思うのだが、この屋敷の生者はそれを上回るほど早い。かといって眠るのが特別早いというわけでもなかった。種族が違うという点から特に気にしているわけでもないけれど、それでもなんだか不思議な気分にはなる。


 未完成の人形に指を伸ばす。
 寝起きの目には若干その輪郭がぼやけて見えるが、その人形の髪がまだ植毛されたままのぼさぼさ髪だということくらいは分かった。人形と鋏を手にして扉を潜る。
 すると丁度前からキュールがやってきた。


「おはよう御座います。お早いですね」
「そちらこそ。えーっと……『どってん』伯爵?」
「人が常に転んでそうな名前を付けないで頂けますか?」
「いや、もう正直貴方のことなんてどうでもいいので憶えられなくて……っていうか  面  倒  で」
「嫌がらせをされているようにしか思えないのですが」
「それもあながち間違いでもなく」
「中々性格が宜しいようで」


 元々の性格か、それとも先日の件をまだ根に持っているのかもしれない。
 頬に指を押し当てながら可愛らしく皮肉をいう相手に私は苦笑しか零れない。彼は思い出したかのようにわざとらしく手を叩き合わせ、くっと後ろを向く。


「そうそう、食事が出来たので呼びに来たんですよ。『どーして』伯爵」
「なんだか階級を疑われているような呼び名ですね」
「んー、次は『とことん』伯爵とか如何です?」
「いっそのこと間違われることも楽しみにしておきます」


 さらりと流し、私は彼の隣に足を進めた。
 二人並んで回廊を歩き出せばどこからともなく人形達が現れる。何体かはさり気なく私達の間に身体を滑りこませて下から威嚇してきた。やはり先日の件は恨まれているらしい、


 ふと彼の視線が私の腰下辺りを眺めてくる。
 私は、ああ、と呟きながら今まで握っていた人形と鋏を持ち上げた。


「この子もそろそろ髪を整えてやろうと思いましてね」
「おや、また新しい人形を作り出すと思ったのに」
「『捨てられない魔法』をかけたのは貴方でしょう?」
「別に完成させるように念じたわけでは有りません。本当は魔法なんてどこにもないと貴方は気付いているでしょう? 子供じゃないんですから」
「確かに。素直な子供ならば魔法を信じていたかもしれませんがね――――でも掛かったふりをしても罰は当たらないでしょう?」


 食堂の手前で私達は足を止める。
 扉に手を掛け中へと踏み入った。其処に用意されていたのは二人分の食事。メイド人形達が忙しなく机の上を歩き、皿をそろえているのが見えた。
 有難うと、一言漏らせば嬉しそうに笑んで散っていく。私は無意識のうちにキュールの分の椅子を手前に引き、どうぞと言った。
 女性扱いしたことを怒られるかと思いきや、あっさり腰掛けられる。どうやらエスコートされること自体は慣れているらしい。


 人形を机の上に座らせ、私もまた着席する。
 すかさず飲み物が運ばれてきて、そっと手の傍に置かれた。両手を組み合わせ、正面に腰掛けたキュールを見やる。食事を開始しようとしていた彼は視線に気が付き、パンを千切った形のまま動きを止めた。


「何か?」
「実は貴方にお願いがあるのですが」
「何でしょう?」
「今まで貴方を観察してきたのですがどうしても分からないことがあるのです。で、いっそのことお願いしてしまおうかと思いまして」
「で、何を?」
「脱いで頂けます?」


 ぴしぃ。
 空気が一瞬凍るのが分かった。
 けれど固まったのはキュールではなく人形達で、彼はと言えばパンを口に放り込んで租借していた。コップの中にお茶を注いでいた人形達が淵から溢れ出した紅茶の波に服を汚す。そこでやっと彼らの動きが再開された。


「外見を真似るだけなら大して問題じゃないと思うのです。服で隠してしまえば顔以外はごまかしが聞きますから」
「昔似たようなことをレイズに言われましたねぇ。懐かしい」
「『師』が納得して頂けるような人形を作るにはどこまでも拘ってみる必要があると思うのです。ここの子供達のような生きている人形を作るあの二人なら尚更誤魔化しは効かない」
「だから脱げと?」
「脱がされるよりましではないでしょうか」


 にこにことあくまで笑顔で交渉を続ける。
 彼はもう一つ、とパン山に手を伸ばした。はらはらと人形達が『ない心臓』をときめかせながら私達を見守る。
 やがて盛大な溜息が吐かれ、その勢いをもろに受けた子供の一体が不恰好に転がった。
 片肘をテーブルの上に乗せ、顎を支える。何処か遠いところを見やりながら彼は言った。


「貴方の協力をしてくれと、ジズから頼まれてます」
「それはそれは」
「俺もその件については承諾済みです。この屋敷の主は俺ではないのですから」
「そう、それはそれは」
「ジズから頼まれたならそれに対して拒否権があるとは思えません。だから俺としても言うべき事は一つだと思うのです」


 彼はにこやかに笑い、そして用意された水の入ったガラスコップを掴んだ。
 ばしゃんっと、水をぶっかけられた時には今まで浮かんでいた笑顔が消えていた。椅子から立ち上がり、私を見下しながら彼は宣言する。


「二度と話しかけてくんな、エロ伯爵」


 ぽたぽたと水滴が髪の先から伝う。
 そして気が付けば彼は早足で立ち去り、またしてもその場には私一人が残される。
 ポケットから取り出したハンカチーフで水を拭い取りながら、未完成の人形が濡れなくてよかったと心の中で安堵した。
 人形達が私を囲む。
 私は出来るだけ笑顔のまま言った。


「別に男同士なんですから問題ないでしょう?」


 そういう問題じゃありませんわー! というように、めばえ(女)が私の頭を横から見事に蹴り飛ばした。



+++++



( 求 め ら れ た 『  人  形  』 の 怒 り )


「ねえ、お兄様。人形遣いが作り出す人形はそんなにも立派なのかい? ねえ、お姉様。幽鬼となった彼らの過去はそんなにも立派なものだったかい?」
「答えるならば、NO。俺は否定する」
「答えるならば、YES。私は肯定しましょう」
「生者だった人形師は一、死者になった人形師は二。合計すれば現時点の人形師の数――――三になる。ねえ、二人とも『お母様』が生み出す最初の子供は一体誰だったんだろうねぇ」


 フィアとエイダの返答を面白そうに聞く。
 やがてやってくる自分達の『父』の存在をその身に感じながら。
 エイダの手の中で人形は未だ崩れたまま倒れている。
 起き上がろうともしない其れは小さな死体とも言えなくもなかった。


「ねえ、僕らを生み出した最初のお父様。未完成の人形に未熟な人形師。ぐるりと三人を絡め取る『シ』の宴。綺麗事の海に溺れた彼がたどり着いたこの世界は彼にとっての理想を孕んでいるのだろうか」


 彼は手を持ち上げ、裂かれた空間から身体を飛び出させる少年の姿を引き寄せた。
 そうして現れた『神様』とその『片割れ』は面白くなさそうに三人を見る。迷い込んだクロスロードで集う神様達。
 カミサマは誰かの言葉に重ねるようにして言った。


「『 狂 ウ 為 ノ 準 備 ハ 出 来 マ シ タ ? 』」






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