( 奪 わ れ る 『 理 想 』 の )
彼の性格を一言で現すならば、『水』。
環境に流されるがままに温度を変え、形を変え、時として形態を変える水なのだろうと。
あまりにも性格として矛盾のある例えだなと自分自身思う。けれど本当に『流されるがままに』と形容出来そうな位彼はつかめない存在だった。
近付いてきたかと思うとさらりと通り抜けられる。
遠のいたかと思いきやいつの間にか纏わり付いてくる。
師が何故彼をモチーフにしろと言ったのかは分からない。
もしかしたら単純にヒトの形をした生き物が彼以外にいなかったからなのかもしれないが、それくらいなら屋敷の子供達を参照した方がより『人』らしいのではないか。
子供のように大人びて――――大人のように子供に還る。
一見健康的な唇は、一変して妖しく微笑む。
その口から発せられる言葉は決して拙くはないのに、幼く感じる。なのにまるで悪戯を仕掛ける悪魔のように巧みだ。
そんな彼の『その姿』を見たのは全く持って偶然だった。
姿の見えぬ彼を無意識のうちに探していた自分がたどり着いたのは『師』がアトリエにしている二階の一室。
人の気配を察し、扉を僅かに開ける。
その奥に彼は『師』と共に佇んでいた。
彼の身体からはよく新しいシャツ特有の糊の香りがしていたのを憶えている。新品の白さが逆に違和感を覚えるような、そんな色を腕に引っ掛けた彼は背を反らす。肌が露出しているのだと最初気が付かなかったのは彼自身の素肌もまた月の明かりによって色素を薄められていたからだろうか。
ビロードを丁寧に張ったような蒼い左羽と枯れた枝のような白い骨の右羽がシャツを下方に押し下げているのが分かった。
そういえば彼は『吸血鬼』として紹介されていたんだとそのときになってやっと思い出す。私生活では特に種族の差など感じられなかったので今の今まで記憶の底に仕舞い込んでいた。
先日首を強く噛まれて『吸血』されたこともついでに思い出され、つくづく自分の他人への無関心さが病的であると改めて感じた。
傍にいたのは『白の師』、レイズ。
彼は晒された背中に手をはわし、骨の羽を撫でた。
森に囲まれた屋敷の月夜はあまりにも静かすぎて、自分の呼吸の音すら盛大に鳴り響いているのではないかと妄想してしまう。
妙な現場に出くわしたものだと思い、その場を離れようと扉を閉めた――――瞬間。
背を向けていたはずの『彼』がいつの間には私を見ているのに気が付いた。
別に意識して悪いことをしているわけではないのだが、結果として『覗き見行為』になってしまっている自身に罪悪が湧いたのだろう。彼の視線が私の姿を見とめるのを確認すると嫌な汗が掌ににじみ出るのが分かった。
蒼い瞳が月の光を吸って獣のようにきらめく。
反射が過ぎて瞳自体が金色のように見えたのは何故だろう。
ちろりと覗く舌と歯が言葉を形作ったのを私は見た。
『 消 エ ロ 』
足音が其れを掻き消す。
いっそのこと声として認識出来たらもっと分かりやすかったのに、丁度その場から離れてしまった私には目の奥に残ったその映像からでしか言葉を想像出来ない。
どんどん遠ざかる私。
そんな自分をもう一人の『師』が見てるのを最後まで私は気付かなかった。
+++++
薔薇を胸に。
(『契約』の証に刻む、一瞬の)
仮面を顔に。
(『約束』の証に刻む、永遠の)
人形を胸に抱いた人形師の悲願。
死者を胸に抱いた亡者の嘆きの声は冥府へと旅立つ彼の人の魂を手にした死神を殺した。飛び散った血は闇に変わり、亡者が辿った過去を汚していく。
大きな掌が彼らを操る。
小さな唇が神々を呪う。
ああ、操り糸を動かすための貴方の手は、――――。
+++++
( 私 の 『 人 形 』 は 死 な ず )
空気の流れが淀んでいると感じたのは呼吸を止めていたせいだった。
湿った掌を拳にして一度開くと、妙に力が入っていることに気が付いて思わず自嘲してしまう。珍しく緊張でもしていたのかとそんな風に思いながら手を振れば、空気が体温を冷やしていく。
窓から差し込む光は昼の太陽光よりも淡く、けれど自分の存在を確認するには十分。
いつの間にか私室に戻っていた私は小棚の中からペーパーナイフを取り出す。薔薇の刻印が木製の柄に刻み込まれた其れを握りながら窓へと歩を進めた。
人形を片手に。
ヒトを片手に。
未だ完成と言い難いその人形の背中に刃を滑らせて肌を裂けば下から覗くのは人工皮膚と骨組みのみ。
『 貴方に生命を、私に生を――――。』
そう言ったのは『絵本』を読んでいた彼の唇だっただろうか、それとも私の『始祖』の昔話だっただろうか。
徐々に記憶が混ざっていくような感覚に苛まれつつも、それが決して不快だけのものじゃないことに内心驚く。ころりと人形を仰向けにさせ、その唇に触れる。
その『子供』からは作りものの感触しかなかった。
首に結わえられたままのリボンを裂いた背中の中に無理矢理詰め込む。
伸びたまま放置している爪を使って込めれるだけ押し込むと、残ったリボンがさらりと線を描いて掌の上に零れ落ちた。手首を擽ったまま肘の方へと流れていくそれに満足して私は一度頷く。
「なるほど、確かに傷付いた皮膚から血が溢れ出すのは『良い子』が答える『正解』らしい。――――私はつくづく人形作りが下手なのですね」
『黒髪人形』に問いかける私を、開いたままの扉から『子供達』が見てた。
+++++
( 神 様 が 引 っ 掛 か っ た 『 イ ト 』 )
「俺様が現れてから随分無口だな、祈り神」
「……」
「祈られ神、お前は何を感じた?」
MZDが胡坐をかいた足首を掴み、前後に揺れる。
落ち着きのない様子に眉を顰めつつも闇を含んだ少年は今までポケットに突っ込んだままだった手を取り出し、そのまま指を指す。
捲れ上がった袖の先から露出する肌はやはり『黒』。
「ねえ、お父様。貴方が放置している物語の中にはIFはあるのかい? ねえ、我らが偉大なる父よ。彼らが行く先にはすでに選択肢がなく、ただの直線であることを貴方は知っているかい?」
「未熟な人形師が意図的に生み出した歪みなら」
「ならばあれは僕の見間違いではないと、安堵出来る」
指先が指し示す先には一本の糸。
其れは弛んだまま木に引っかかっていた。だがやがて風に煽られ、天空に飛ばされていく。
きらりと最後に光ったその糸をMZDは一瞬の間に手の中に出現させた。両手でぴんっと強く張ってやれば細さに似合わない強度を持っていることに気付く。
「其れは何だ?」
「これは操り人形によく使われる糸だな。ジズがポップンパーティん時に超器用に人形操ってっただろ。あれの糸」
「妙に長くないか?」
「まあ、この屋敷全体を罠に掛けようとしてんだから、これくらいはなー……」
フィアの問いかけに答えるためにMZDが端を掴んで長さを測る。
影神二人も不思議そうに其れを覗き込んだ。
「俺としては糸に引っかかって身体がばらばらになってくれてもそれはそれで後始末がしやすくて有り難いってこった」
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