我らが最高神が集めるのは音の波。
 歌えや、踊れ。
 風を纏い、大地を踏んで、炎を巡らせ、氷で道を作れ。
 生命から溢れ出す全てのものを素材にし、それらを天上に持ち上げて星とせよ。


 だが今回はそれとは違う。
 ポップンパーティの裏側をキミに届けよう。


裏側ストーリー





 てくてくと歩いていくのは撮影スタジオへ続く道。
 空間移動術を使うまでもない距離を辿るのは十五歳程の子供――もとい、MZDの姿をした俺、フラッグ。


「そろそろ皆撮影終わったかなー」


 んー、と手を持ち上げ伸びをすればこきっと骨の音が鳴る。
 普段とは違い、成人男性の姿から子供へと姿を変えれば視点の低さから天井もまた遠い。ふぁっと欠伸を漏らしては手を口に当てる。そういえばまた最近睡眠時間が少ない方だっけ、なんて考えながら俺は己の肌の色を見た。


 その肌は白。
 白色人種というレベルではなく、色彩を埋め込まれていない皮膚がそこには在った。髪の色は普段の青ではなく黒。それこそ漆黒、烏の濡れ羽色と表現できそうなほどの黒髪ではあったが、髪型はいつもと変わらないので首の裏を擦る感覚は慣れたもの。
 本日の衣装は袖七分丈の水色のシャツにぶかぶかの黒ノースリーブに長めのチェーンのタグ。下半身は少々着慣れない同じく水色のズボンを履き、同配色が置かれたアポロキャップを被っているが、これはMZDからの指定物であった。


「まーた懐かしい事を要求してきたよなぁ……あのバ神は」


 俺ははぁっとため息を吐き出しながら肩に手を掛ける。
 その筋肉の硬さに疲労度を感じるが、それもこの姿特有の『信号』であることを思えばなんだか愛おしい。


『このリミ曲が<第三世界>に最初に鳴らす音ならば、今回はその色彩な』


 アンセムトランス――「Votum stellarum」。
 それをRimixした俺に原曲者であるMZDは白い肌に黒い髪を要求し、問答無用とばかりに指先を突き付けられたのは数年前の出来事。
 はいはい、分かってますよ。俺の主様。億年越しのお付き合いですから、貴方の考えていることなどお見通し。と両手を持ち上げれば、満足そうに彼はにやにや笑っていた。


 白と黒――そこに差す水色は最初の海。
 青年体から少年へと姿を変えた俺の姿に口笛を鳴らしたのもMZDだ。そのサングラスの奥の瞳がどのように俺を見ていたのかも痛いほどに分かる。


 彼は思い出を見ていたのだ。
 かつてMZDと名乗る前の『少年』が世界を創造する前に生み出したのは自身と対照的な『真っ白な少年』であった。その核であった俺は<第二世界>を産み出す前の『少年』と対峙していた瞬間を思い出し、静かに微笑む。


 闘争と逃走。
 危機的状況に陥った際に人間が最終的に選ぶのはそのどちらかだと説いたのはとある心理学者。『少年』は人間ではなかったが、その心根はとても<小さき者>であった<第一世界>の者達とよく似ていた。
 そんな彼が最終的に創世と破壊の繰り返しに耐えられないと叫ぶように選んだのは<逃走劇>。
 億年前、世界樹に上ってきたのは空と大地の色を纏った影神たる『少年』で、その逃走劇の共犯者となったのは<悪魔>と呼ばれていた過去の『俺』だったりする。


 この衣装を最初に身に着けた際、色彩の確認の為にサングラスを外した状態で俺と対面したMZDは特殊カラーである俺の肌に手を伸ばし、こう言った。


『お前の世界はどんな色をしていて、どんな音色を奏でるんだろうな』


 だからこう言い返してやった。


『もし俺が向こう側に行っても、寂しくなったら逢いに来ても良いですよ』


 言った瞬間に顔に押し付けられたのは俺の裏側である名無し神。
 小さな子供がべったりとくっつく感触にもがもがと変な呼吸を繰り返す。『彼』は楽しそうに俺に抱き着いていたけれど、突然照れ隠しに押し付けられた事に疑問は抱かないのだろうかと未だに思う。
 最初の約束は未だに保たれたままではあるも『少年』もまた成長したんだな……とMZDに対して思った瞬間でもあった。


 だが、そんな風に感傷に浸っていたのが悪かった。
 通常の自分であれば曲がり角の向こう側に誰かが居ることなどすぐに察せられたものの、……いきなり腕を掴まれ、引き寄せられるまでその存在に気付かなかった事には『間抜け』という言葉がまさに似合う。


「――っ!」
「MZD!? うわ、本物だっ」
「あ、いや、俺は」
「ポップンパーティの中継はいつも見てます!! ああ、やっぱり契約社員とは言えここを選んだのは正解だったな! この間の曲もRimixももうもうもうサイコーでしたっ!」


 引っ張ってきたのは三十歳前後と思われし人間男性。
 その瞳はきらきらと輝いており、先ほどの台詞からMZDの崇拝者であることは一発で理解した。誤解を解こうと唇を開くも、俺が何か言う前に台詞を重ねられ自分がどれくらいポップンパーティを愛し、音楽を愛し、そしてそれらを企画しているMZDの存在を尊敬しているのか語りに語ってくる。
 いや、分かってます。
 伝わってます。
 嫌って程の感情の波が貴方の身体から溢れ出して俺にぶつかってきているので、その口閉じて落ち着けとはっきり言ってやりたい。


 だが好意は好意。
 俺の自己判断で冷たい態度を取ってMZDの評価に変動が起こるのは少々困る。むしろ面倒くさい。MZD自身が自由にふるまってはいるも、俺は俺で、彼は彼。
 つまり別人である事には違いなく、そこを理解していただきたいのだが――。


「聞いてますか、MZD!」
「……聞いてます」
「だったら俺のこの言葉に少しは反応を――」


 ひゅっと息を飲み、止まる言葉。
 同様に風を切る音がして俺の顔の真横から出てきたのは黄色の袖とバングルが装着された肌色。突き出された手は真っ直ぐにMZDのファンである相手に差し出され、ストップの意思を示す。
 その気配に安堵し後ろの人物もまた撮影が終わったんだなって思った瞬間、右肩に乗った手が俺をやや後ろへと引いた。
 突然の乱入者に文句を言ってやろうと男が唇を開くが、その目は驚きの色を湛える。そりゃあそうだろうとも。なんせ後ろの相手もまた男が尊敬する神の姿であることには違いないのだから。


 これで誤解を解く時間が出来たとほっと息を吐き出す。
 だが、その瞬間。


「いや〜。マジ申し訳ないんだけどさ〜。コイツ、俺のなんだよ」
「え、あ、え?」
「おわっ」
「これ以上のお触りは許さねーぞ、オッサン」


 あ、出た。
 やばい、これはやばいやつだ。


 金髪に金と黒を基調とした俺と色違いの服装の彼。
 普段はにこにこ笑顔で温厚な彼の――エイダの『裏面』。俺の前でだけ崩れる口調、「私」から「俺」へと変わる一人称は特別な存在である俺の特権でもあるところだが、この状況での発動はマジやばい。
 しかも「レクリスレイヴ」もとい「GOLD RUSH」の衣装のまま青年体に戻っている彼は少年のままである俺よりもがっしりとしており、右肩に乗せられている手の力がぎりぎりと籠ってて感情を抑えているのが分かった。


「すごい! MZDが二人もいるなんて眼福じゃないですか! 流石神! 分裂なんてお手の物なんですね!」
「オイ、オッサンよぉ……」
「いやあ、でも永遠の少年が夢のMZDでも青年の姿になるとまた印象が違っていてそこもまた魅力的で!」


 ポジティブにもほどがある。
 『神様だから』二人いてもおかしくないなんて、捉え方をしたらしいどこぞの誰かさんは両手を組み合わせながら感動しているが、実際はそんなものじゃない。
 「俺達はMZDとその息子の影神の方です」と説明しようにも言葉に隙が中々出来ない。


 ぎりぃっと痛いほどに右肩にかかる圧迫。
 さぁっと血の気が引いていく音を聞きながら、俺はもうMZDの評判などどうでもいいと意を決してエイダの手を払おうとする。しかしそれよりも先にぷつりと……それはもう嫌な音がした。


「――さん、今年で齢三十。配属先は総務の契約社員か。はー、あそことスタジオの廊下とじゃちょっと距離があるだろってーのにわざわざご苦労なこった」
「え、あ、ああ、俺の社員証ッ!!」
「契約年数は、っと……ああ、一年だな」
「はい! 契約期間は一年ですが基本的には自動更新で将来的には正社員として考えておりまして」
「じゃあ、これ一年分の給与な。ご苦労さんでしたっと」
「――え?」


 ぱちっとエイダが指を鳴らす。
 次いで降ってきたのは大量の万札。ひらりひらりなんて生易しいものではなく、札束数個と数十枚の万札が男の頭を直下したが、当然突然の出来事に反応出来ず棒立ち状態になってしまった。最後に社員証を握りつぶし、ぽいっと投げ捨てるおまけも付いてきて、男は流石にこの状況が逸脱した「異常事態」であることを認識したよう。
 大好きなアーティストの機嫌を損ねたという――ファンにとっては大打撃を食らった彼に些か同情を向ける。
 だが俺のその感じ方がまた不快を煽ったようで、急に肩を強く引き寄せられ、鳴らしたばかりの指で顎を捉えられてしまった。


「エ――」
「お前もいい加減にしろよ。常識人にも程があるぜ」
「っ、むぅーーーー!?」


 不意に訪れる口付け。
 しかも触れ合うだけではなく、呼びかけようと開いた唇に容赦なく入り込んできた舌先が這いずる感覚にぞくりと背筋に何かが走る。
 大きな唇に食われそうな勢いで被せられた自分の小さな唇は息を忘れ、ついでに混乱した頭は金を浴びせられた男の存在をも一瞬忘れてしまった。


「ふ、は」


 どれくらい触れていたのか。
 一瞬……ではないな。多分、数十秒くらい。それでも歯列を舐め、絡められた舌によって血の気が顔に集まるのが分かる。男が何か叫ぶ声が聞こえてやっと俺は現実に意識を浮上させると、慌てて相手の肩を押して引き剥がす。
 だがその前に己の膝裏に腕が差し込まれ、そのまま横抱きに持ち上げられてしまった。


「言っとくけどよ、オッサン。俺はMZDじゃねえし、コイツもMZDじゃねえよ」
「な、な、なっ」
「あー、アンタの強制解雇についてはMZDに伝えておくから安心しな。理由は「神の恋人に手を出した無礼者」ってことで良いよな。ささ、その金の釣りもいらねえし、一年分前働きしてラッキーだと割り切ってさっさと立ち去れよ――でないと」


 エイダがサングラスの奥で眼光を強める。
 ひぃ、と男が悲鳴の呼気を喉に引っかからせる。俺は白肌の自分の額に片手を当ててがくりと項垂れた。


「今度は金を貰う方じゃなくて人生から金が消える生活を俺からアンタに送り付けてやるよ」


 「こんな半端者でも神だからヨユーヨユー」と付け足す彼の怒りの声。
 やがて金をかき集めた後に情けない姿で場を走り去り遠ざかる男の気配に内心安堵する。MZDにも男にも悪いが、これでやっと落ち着けるだろうと項垂れていた顔を持ち上げた。


「で、俺のモンであるお前はなーんであんな変な男に引っかかってんのか説明してもらおうか」


 ……拝啓、俺の主様もとい全能神様。
 貴方に間違われたせいで俺の可愛い……いや、今は恐らく格好いい分類に入るであろう恋人がブチ切れておりますが、これは貴方のせいだと責任転嫁をしていいでしょうか。



+++++



「だからさー、普段はあんなこと起こらないんだって」
「あーあー、もう。それでもMZD様と同じ年齢まで下げたら変な奴が近づいてくることくらい察してくださいよ! 俺が出て行かなかったらフラッグはいつまでもあーだのこーだの穏便に済ませる方法を探してたでしょう!」
「探してたけどさー」
「やっぱり!!」


 年齢を普段の二十歳前後に戻し、青年二人で並んで歩く廊下。
 事の始まりからエイダの登場までをさらりと話すも未だエイダは感情が高ぶって戻ってこない。それでもさっきよりかは口調が乱れていないから良しとしよう、と左胸にそっと手を当てながら自分に言い聞かせる。


 派手に登場したかと思えば派手にぶちまけた爆弾発言。
 最後にはド派手に万札をばらまいて追い払ってしまった我が恋人は、普段の茶髪ではなく金色を揺らしながらドスドスと廊下を踏み鳴らす。
 大体曲目はともかく『金髪』をエイダに担当させるなんてMZDも意地悪だ……と毒付く。元はエイダが「GOLD RUSH」担当になったのだって本人が「フラッグと同じ衣装が着たいです」って言ったからだけど、そこに当てがったのには神様の意思を感じざるを得ない。
 曲自体は楽しそうに鳴らしているから……そこは恐らく俺もフィア様も受け入れるべき事ではあるのだが、複雑極まりない。


「フィア様だってMZD様に間違われて街中で声を掛けられることが多いのに、フラッグもだなんて俺の神経が持ちませんよ!」
「で、その度にお前はどうしてるわけ」
「影神として追い払ってますけど何か!?」
「だーよーなー」
「大体フィア様もフラッグも一般人には大人しい方なんですよ! それに引き換えMZD様や俺と言ったら……!」
「過保護もほどほどになー」


 まさかその過保護が俺にまで及ぶ日が来るとは思ってなかったけれども。
 大体俺が常識寄りなのは<第二世界>で過ごした周囲の環境のせいであって、むしろ<第一世界>じゃ世界中を暴れまくったとか壊しまくっていたとか……あ、エイダはまだ俺の『核』を詳しく知らないんだった。


 やがてエイダははぁあああ……と非常に長い溜息を吐き出しながら廊下の壁へとがくりと肩を押し付ける。
 そして数回深呼吸を繰り返すと、くるりと俺の方へと向き直った。その表情はまだ拗ねている感じではあったけれども、大分落ち着きを取り戻したようだ。


 そこでやっと俺は彼の左手に右手を伸ばし、下から掬い上げる。
 エイダの左の薬指に嵌った少し太めのリング。少しだけ曲線を描いたそれはあの『改革』後に贈ったものだ。
 誰の気配もない事を確認してからちゅっと口付けを一つ落とし、俺の左薬指も持ち上げてふにっとエイダの唇に押し付ける。


「俺は生涯お前のものだと思うけれども」
「はい」
「お前はまだ俺だけのお前じゃないから」
「……はい」
「この世界からお前を攫えるその時まで、我慢我慢。な」


 力不足でごめん、と呟く。
 エイダがはっとして、何度も首を振った。

「貴方のせいじゃないです。私だって」


 ああ、やっと一人称もいつものお前に戻ったなと俺からも頬にキスをしたら、エイダは「うー……」と恥ずかしそうに一度唸った。






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