話をして、笑って、拗ねて、怒りを巻き戻しそうになって、落ち着かせて、笑わせて、少しだけ愛しくキスをして。
 誰もいない廊下の隅で二人だけの時間を過ごした。
 だが、愛しい時間は長く続かないもの。


「――何か来る」
「MZD様とフィア様も一緒ですね」
「あれ、この気配って――ッ!?」


 行き止まりで会話していた自分達に飛んできた二つの影。
 俺は己の手の中に三又の槍を出現させ、眼前へと持ち上げて「それ」を防ぐ。ガツッ!! と金属音が響き、手に伝わる振動が本気の攻撃であることを自身に知らせる。
 真横へと薙げば、襲い掛かってきたそれ――「バウム」と呼ばれる闇森の小人はその小さな肢体を軽い動作で俺の槍を蹴れば後ろへと回転しながら距離を取る。


「見ツケタ! オ前ダ!」
「おーい、エイダ。そっちは平気?」
「え、抱き着かれただけですが何か」


 飛び掛かってきたもう一つの気配。
 それは「パピルス」。ピラミッドの護り主。殺気に近い黒い気配を持つバウムとは対照的にパピルスはむしろ好意的にエイダの腕の中に納まっている。むしろ落ち着いたという表情を見せている様子から害はないと判断した。
 だが問題はこちら。


「バウムだったかな。今回のRimixの相手はフィア様だったはずだけど、何か俺に用?」
「神ノ息子……アノ闇ハチガウ。オ前コソガ――!!」
「って話しながら鎌を振り回すのは止めてほしいなー」


 カンカンカンッ、と連続で鳴る金属音。
 切れぬものはないと評されるバウムのそれとて神の槍を裂くことは出来ない。歴然とした事実にバウムは舌打ちをする。念のためエイダの前に手を翳し、透明な膜を張り被害が及ばぬように空間を遮断した。
 バウムが鎌を振り回す度に周囲の壁に傷が付く。あ、これ後で修復かけなきゃなぁ。しかしよく斬れる鎌だと本当に感心しながら俺は彼の鎌に槍にて応じる。
 膜に鎌が触れる度に一瞬それは切れ、皮膚のように薄く傷口を開かせるが即座に自動修復がかかりエイダとパピルスには被害は及んでいない。及ばせない。


「で、この状況説明は今していただけますか。MZDにフィア様」
「お前相変わらず戦闘においては器用だよな」
「お褒め頂きなにより」


 彼らがやってきた道。
 そちらには我らが主二人がRemix用の衣装に着替えて立っている。MZDはピラミッドRimix、フィア様はダークオペラRimix担当として撮影に挑んでいたはずだがなにゆえこの状況に陥っているのか――何故、俺がバウムに殺意を抱かれなければいけないのか問わねば収まらない。


 二人の前にも膜が展開されており、しかもそれは二重性。
 同格の能力を有している者の重ねられた膜はバウムの鎌でさえ『通さない』。己の未熟さを感じ、俺はもう一枚エイダの前に膜を張った。
 タンっと床を蹴り空中に浮かんでから重力を味方とし槍を落とす。だがバウムとて一方的に攻めているわけではない。槍を弾けば軽快に壁際へと跳ね飛び、重力をものともせず壁走りをして俺に向かってくる。


 ああいいな。
 これ、楽しいな。


 ざわざわと内側で湧くそれを表には出さないように秘めているけれど、MZDが口に手を当てて笑いを堪えているのが見えた。
 バウムの鎌が今度は下から振り上げられ、俺は素早く軸をずらして後ろへ下がる。あと少しで届いた鎌にバウムが苦々しい表情を浮かべた。
 俺はといえば下から空気が入ってきて捲れるシャツ。白い色彩のままの素肌に風が入り込み、首の方へ抜けて漆黒の髪の毛が勢いよく後方へと流れていくのが心地よかった。


「……今回ダークオペラのRimix担当だったのは俺だが、バウムは俺の気配を感じると『違う』と言った」
「えー、フィア様ほど紫や黒が似合う方も中々いませんよ。今回のその服装だってお似合いですよー。昭和カヨウだってお似合いだったじゃないですか」
「色の問題じゃなくて、バウムは自分の感性に合うのがフィアちゃんじゃないって見抜いたんだろう」
「こんなにも温厚なのに」
「温厚な奴はバウムと同格……いや、バウムを圧さねえよ。それ全然本気出してねーじゃん」
「そんなそんな、俺はいつだって本気ですよ」


 飛び跳ね、暴れる鎌をひょいひょいと避けながら言うゆるゆるな俺。
 まあ、これでもMZDの影ですし? 危機も困難も相手が神以外であれば……ね。


「じゃあ私の方はなんなんでしょうか」
「パピルスも理由は同じだなぁー。俺なんて今回こんがり肌に白髪、更に身体には包帯を巻いてセットしたのに」
「それでもMZD様ではないと?」
「パピルスが違うと感じた理由は俺達四人であれば痛いほどに分かる――パピルスは『守護者』だからな」


 エイダの問いにMZDが答えた。
 ふむ、と俺もフィア様も頷いて、エイダだけはほんの少しだけ寂しそうに表情を変えパピルスの頭を撫でる。撫でられた相手は心から嬉しそうにエイダの腕の中で笑んでいた。少なくともそんな風に見えた。


―― そうか、まだこの世界は彼を手放さないのか。


 俺はぎりと奥歯を噛みしめる。
 だがそれも刹那の感情。痛いほどに理解しきっている法則。先ほどまでの高揚していた気分は一気に冷え、俺は片膝をついた格好を取るとバウムの鎌で散々傷付けられてしまった壁に手を掛けるとそこに圧力を掛ける。
 メキッと嫌な音がして掌を中心に円状に砕ける壁。


 ああ、これは楽しくないな。


 創世と破壊を繰り返した世界から逃走する前を自然と思い出し、俺は壁に更なる圧力を掛けやがて壁を完全に砕き『開いた』。
 壁の向こうは小人が住まう森。空間を繋げた先にバウムが目を見開く。その瞬間を逃さず、俺は彼の背後へと瞬間移動をすればその首根っこを捕まえそのまま壁へと投げ飛ばす。
 闇の眷属である小人は抵抗する暇もなくその森へと姿を吸い込まれていった。


「おまっ、フォロー入れるの俺なんだぞ!」
「たまには俺の仕事も手伝ってくださいよー」
「一時間くらいで戻って来いよ。撮影時間が足りなくなる」
「はーい」


 MZDに制限時間を設けられ、いってらっしゃーいとエイダが手を振ってくれる。
 俺はへらっと笑みを返すとそのまま同様に壁へと身体を滑り込ませ、そして即座に空間を閉じる。向こう側では壊した壁は修復されたことだろう。戦闘で傷ついた建物は他の三神が修復してくれるだろうから俺が気にする要素は全くなし。
 なら、やるべきことは一つ。


 バウムがジメジメとした夜の森の中、転がった身体を起こす。
 俺はその手前に姿を表し、丁度腰掛けるのに良い岩を発見するとそこに座り込む。月明かりが影を背負う木々の隙間から差し込む。バウムは鎌を構えようと周囲を見渡すが――。


「君が探しているのはこれかい」


 青年の姿であれど既にフィア様が着ていた衣装を纏い、俺は壁へと彼を投げ飛ばす前に奪い取った鎌を肩に引っ掛けて嗤う。
 黒と紫と灰色。
 肌は既に色を宿し、髪の色も薄い紫。黒のハンドカバーを嵌めた手先と腕を長柄へと絡め、悠々と余裕のある態度を惜しみなく相手に見せつけた。


「俺がこれを持ったことが不思議かい?」
「鎌ハ選ブ。俺ト同ジ眷属ヲ。アノ闇ジャナイ、俺ハ正シカッタ!」
「まあ、そうだろうね。フィア様にこんな重たいものを持たせるなんて出来やしない。あの人が背負っているものはもっと悲しくて……脆いものだから」


 自嘲。
 この世界からエイダを攫えないことに対する己への嘲笑いであった。
 だが目の前のバウムは歓喜する。同種で同族で同属の――。


「さあ、ここから先は鎌の使い方を教えてあげよう。なに簡単さ」
「――鎌、ノ、使イ方?」
「たまには君も暴れたいだろう? 俺もなんだ。だから逃げ切ったらキミの勝ち」


 ああ、ああ。
 これは楽しいな。
 <第一世界>で振るった力はこの世界では制限されているけれど、鎌を複製し分けることは簡単だ。二分したそれを彼にひょいっと投げれば、彼は全く同じ鎌であることに目を丸くし、そしてニタリと嗤った。


 同じ闇の眷属よ。
 俺は『神』になってしまったけれど、<小さき者>の姿で生きる。
 <小人>よ。
 俺は逃亡する前の世界で君の存在を確かに見ていた。森の中をさ迷い歩く小さな命。闇の中で多くの命を刈り取った彼もまた一つの世界の欠片であった。


「さあ、始めよう。一分くらいもってくれたら嬉しいなぁ」


 つま先を地面に付けて背に回した鎌を揺らしながら空を見上げる。
 そして次の瞬間、鎌を高みから斜めへと薙ぎ下ろす。それだけで森は大地を揺らし、木々は突風でなぎ倒されて残骸と化す。鳥が驚き羽ばたくが、風を上手く取り込めず落ちていく様子が見えた。


 闇の精霊が悲鳴を上げる。
 これはなに。
 これは<小人>の仕業じゃない。
 何が来たの。
 悪魔? 魔女?
 難こそ逃れたものの、森に響き聞こえる数々の悲鳴に快楽を見出す俺の姿を見た精霊達は怯え即座に姿を隠した。


 バウムは衝撃破を受け止めようと大地に足を縫い付け鎌を突き立て踏ん張る。
 被っていた帽子も飛んでいき、石礫によって服が傷ついていく。そして力の限り<小人>は吠えた。だが、その身体が支えを失うことは確定された力の差からも明らかで――。


「あ、一発も持たなかった」


 森に出来た新しい抉れた道。
 車二台くらい余裕で通れそうな横幅のそれが地平線まで伸び、整えられていない直線のそれを見ては俺はハンドカバー越しに久しぶりに声を上げて嗤う。
 倒れた木の根元に存在する意識を失った<小人>に向けて。


「ククッ、だから言っただろう。俺はいつだって『本気』だって」



+++++



 バウムを肩に抱えて戻ってくると、そこには平和な光景が広がっていました。


「あーれー」
「――エイダ、それ楽しいのか……?」
「うえ、酔いそうです」
「包帯を巻かれては引っぺがされたら酔うよなぁ。俺も撮影始まる前までやられてたからわかるっちゃーわかる」


 時間にして一時間後。
 約束通り戻ってきた俺の目にはエイダがピラミッドRimixの格好をしてパピルスに包帯を引っ張られてくるくる回って遊んでいる姿が入る。
 なんだこれって笑ったら頭をゆらゆらさせたエイダが片手を持ち上げて俺を出迎えてくれた。
 エイダの傍にはリミ服を着たままのMZDをフィア様がいて、俺が戻ってきたことで大小のペアが出来上がる。


「おっかえりー、そっちはどうよ」
「無事話をして解決です」
「一発くらいキめた?」
「一発しかしてませんー」


 どうせ見てたでしょうが、とは言いませんよ。
 ここには二人がいる。家族がいる。大切で大事な恋人がいるので、MZDには最低限の情報を渡して終了。


 あの後バウムの意識を呼び戻して傷を治し、話をしたらあっさりと彼は懐いてくれた。
 彼は嬉しい、と。
 同じ鎌使いがいて楽しいと。
 でも秘密にしてね、と俺が言えば少しだけ小首を傾げていた。たまに遊んであげるからと約束をして。


「エイダの方は撮影終わったんですかー?」
「おう、こっちはあっさりと終わった。だからさっさと大人に戻っちまってつまらん」
「じゃあ俺と彼の番ですね」


 よしよしとバウムの頭を撫でてから俺はフィア様を見やる。
 フィア様は「すまない」と一言謝罪を送ってくださった。基本良い子なんですよね。ただちょーっと……神として独り立ちするには精神力に脆さがあり、その点でエイダを離してくださらないだけで。
 否、彼はエイダの束縛を好んでいない。
 けれども世界は――<運命>はそれを良しとした。


 身体を子供へと変え、MZDとフィア様と同じ体型になれば全身鏡の前に立ち服装の乱れなどないかチェックする。
 フィア様が横へと歩んできたので二人分の姿が鏡の中に映り込む。その虚像はまるで双子。同一の服装をして、同一の体型をして……。


 そして二人同時に背後から恋人に抱きつかれた。


「ああ、フラッグ! また変なのに声を掛けられるんじゃないかと心配になってきました!」
「ここ撮影場で見知ったスタッフしか居ないけど!?」
「フィアちゃんのダークオペラも見たかったなぁあああ!」
「今見てるだろ」


 フィア様にはMZD。
 俺には青年のエイダが衣装そのままの姿で腕を回しがっちりと抱擁してくる。なんだか凸凹の風景に俺は脱力しか出来なかった。


 だがそれが悪かったのか、エイダは俺をひょーいっと軽々と抱き上げる。
 あれ、もしかしてまださっきのナンパもどきを引きずってないか。まさかな。そんな過ぎた話なんて……。
 エイダの肩に両手を置いて子供らしくにっこりと表情を緩ませる。
 するとエイダは俺から視線をそらし、はぁっと息を吐き出してからその焦げた肌と白い髪の毛で俺をまっすぐに見抜く。
 そして僅かに顔を持ち上げると俺の耳に唇を寄せた。


「今夜は折角ですし、俺と包帯プレイでもいかがですか」
「縛られるのがエイダであれば喜んで……?」


 ああ、また一人称が変わっている。
 心の中でしくしくと泣きながら、今後は用事が済んだらすぐに青年の姿に戻ろうと心に誓った。





…Fin...


>> 金神アンリミピラリミダクオペな青橙+ダクオペ黒神とピラリミMZD。

 そんなこんなで青橙二人の裏側ストーリーでございました。
 前半はまこさんの絵の影響を受けて書いた。闇鍋風味だけど後悔してない。
 全力で捧げますのでどうぞお受け取り下さいませ!

 結果的にピラリミMZDとダクオペ黒神。
 アンリミ+ダクオペ青神と金神+ピラリミ橙神。
 大小ダクオペ、ピラリミが見たいという欲望も交えたので長くなったけど満足です。

 ちなみに世間の金神×アンリミ、ピラダクが好きです。
 うちの神一家で当てはめるとこうなったけど後悔してないです。(大事なので二度言います)
 あと「音神」「音神1⇒2⇒3」が絡んでますので未読の方はこちらもどうぞ。

 そんな素敵絵はこちら。絵の状況及び掲載許可頂き済み。
 まこ=アキカゼ様/Twitter:@noseka_haru




2019.07.19

◆検索等でやってきた方はこちら◆

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